第53話 雪奈と綾女とドラム演奏

 綾女のスタジオ兼自宅に戻った。本当はもう少し時間に余裕があったけれど、綾女が帰ろうと言ってきたのだ。


 帰り道で雪奈せつなのことを色々話した。綾女がアイドルの時に最強のアイドルグループに君臨していたことも含めて。俺も綾女の情報は知っていた。知らないはずがない。


 家の扉を開けて、部屋に入る。少し早いからまだ来てないかな、と思いスタジオの扉を開けた。そこには雪奈の姿があった。セミロングの髪の毛に切れ長の大きな瞳。服装は黒のセーラー服風の白の大きなリボンがついたドレスだった。普段着だと思うがアイドルの衣装のようだった。スカート丈が短く少しの動きで大きく揺れた。


「もう来てたのか、早いな」


「お久しぶり、親衛隊長さん」


 久しぶりに聞いた。懐かしい呼び方だった。隣の綾女が驚いた表情で俺と雪奈を交互に見た。


「親衛隊長さんって?」


「わたしにとって雄一は、今でも親衛隊長さんだよ。昔はごめんね。忙しかったから、告白に応えてあげられなかった」


「はあ? なにそれ」


 心なしか声が震えてる。いや、心なしでなくてもこの状況は非常にまずい。


「何から話そうか?」


 先に言っとくべきだったか。まさか雪奈がここまで積極的にアプローチしてくるとは思わなかった。俺なんてもう忘れられていると思っていたのだ。懐かしいな。俺は高校一年から二年の夏まで雪奈のアイドルグループ、スノープロジェクトのファンだったのだ。


 当時、センターの雪奈が大好きで追っかけをしていた。かなり重度の雪奈推しだった。ファンレターも沢山書いた。やがて名前を覚えてくれるようになり、いつしか雪奈から親衛隊長と呼ばれるようになった。里帆がこの頃積極的にアピールして来たので、一か八かと俺は雪奈に告白した。受験勉強も本格化するので、追っかけは今後できないと思ったからだ。


 ごめん、今は仕事のことしか考えられない、と言われた。よくある振られ方だと思った。所詮無理な恋だったと思った。だから、俺は里帆と付きあうことを決めた。一年半、一緒に勉強し、同じ大学に入って、里帆に告白し、つき合うようになった。


「高校の時、みんなアイドルとか好きになるだろ。その延長線で、俺も追っかけをしてたことがあったんだよ。目の前の雪奈をな」


「本当? 凄い偶然。ちょっと大丈夫なの?」


「大丈夫も何も完全に振られたし、関係ないよ」


「なんで? わたしの振った理由忘れてるの?」


「だから、仕事に生きたいから、ごめん付き合えないと言ったよな」


「今のわたしは何してる?」


「仕事をしてるよな。教えてくれてるし」


「何言ってるの。わたしの言ってた仕事はアイドル活動でしょう。今はどうかな?」


「アイドルは、やめたんだよな」


「うん!」


 綾女が俺の腕に腕を回して、ぎゅっと組んだ。胸の柔らかさが腕に伝わる。気持ちいいよなあ、と思わず感じてしまう。


「悪いけど雄一の彼女はわたしなの。そりゃ昔は一時の気の迷いであなたを応援したこともあったと思うけども」


「気の迷い? へえ、でも違うと思うのよね。雄一わたしのこと大好きだもんね。辞めた後もついこの前まで手紙くれてたしって……あー、そういうことですか」


 俺は、ただ貝になりたいと思った。口を開いたら攻撃が待っている。確かに俺は綾女が好きだ。雪奈は、昔好きだった、今は好きではない? 本当にそうなのか?


 こんな地獄はない。いや天国なのだろうか。もう少し考える時間が欲しいと言ったら、何を言われるか分かったものではない。なぜ、このタイミングなんだよ。ここは話をドラム練習に無理やり戻そうと思った。


「えと、じゃあよろしくお願いします。ドラム始めたばかりなので」


「ちょっと待った!」


 まるで昔やっていた恋愛番組のように綾女が話に割り込んできた。


「ここにいてもいいよね、雪奈ちゃん」


「正直、邪魔ですけどね。真剣に演奏してるのに他人がいるのは気になります」


「だから、わたし関係者」


「まあ、いてもいいですよ。その代わり練習に口出ししないでくださいね」


 雪奈はスティックを上手く操ってドラムを叩く。流石に教えるというだけのことはある。プロの仕事だった。隣の綾女も息を呑んで見つめていた。女性ドラマーは少ない、その中でもとびっきり上手かった。


「ここを練習しましょうね。スティックはこう持ってください。こうです」


 俺がスティックを持つと上から手を被せてくる。後ろから身体を押しつけて来た。雪奈も胸はある方だった。あの雪奈が胸を押し付けている。夢のようだった。


「ちょっと待って。なんで教えるのにそんなに密着させるのよ。普通、横で見てたらいいでしょ」


「さっき言いましたよね。口出しはしないでくださいって」


「普通に教える分には、口を挟まないわよ。明らかに密着しすぎ!」


 一応、生徒の立場なのだから、教えてくれる内容にいちいち口を出していたら、教えてくれなくなる、と思うのだけれども、これを言ったら綾女に一蹴されそうだった。


「身体を支えてあげた方が上達が早いのよ。他意はないよ」


 ここまで密着させなくても良いとは思う。明らかに二人が睨み合っていた。これでは全くカリキュラムが進みそうにない。俺は川上にラインで助けを求めた。


 雪奈とは、タイミングが悪すぎた。もし綾女と出会うまでであれば、二つ返事でオッケーしただろう。今の彼女は綾女なのだ。そうであるはずなのだけれども、雪奈が好きなのも間違いないわけで。あそこまで好きだったのに簡単に諦められるわけがない。正直、告白がオッケーだったと知って今もドキドキしていた。思っても見なかった告白の結果が今聞けたことは嬉しかった。神様あまりにも酷いよ、このタイミングはないんじゃないか。


 30分近く二人の睨み合いが続く。俺はいても立ってもいられなくて逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。川上が入ってきて、ふたりの言い分を聞く。喧嘩の内容を聞いて川上は頭を抱えた。


「なんなんだよ、それ。先に言ってくれよ」


「いや、昔の話ですし、告白は振られたわけだから、問題はないと思ったんですよ」


「雄一は女のことをあまりにも、考えなさ過ぎる。雪奈は仕事が大切だからと言ったんだよな。なら、今はオッケーかも知れないと考えてくれよ」


 川上は雪奈の方を向いて、他の人に代われないか聞いていた。雪奈はいいですけれど、それなら直接誘うだけですし、と本気だとアピールして、頭を抱えさせた。



―――――


川上の気持ちわかりますね。

さてどうなることやら


はてさて……。


星いただけると嬉しいです。

ご協力よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る