第52話 イオンモールデート

 今日から前期試験前の調整休みに入る。この期間に勉強をして、本番の試験に挑むのだ。俺はノートを全て取っているため余裕だった。試験まで1週間もある。


 今日は朝の勉強を終えると綾女の部屋の生活雑貨を買いに行くことになっていた。


 本当は一緒に出かければ楽なのだが、それを言ったら夢がないと言われた。家から出発だと雰囲気が出ないそうだ。


 今日の外出先はイオンモールだった。一緒にショッピングをするのは久しぶりなので楽しみだ。長い時間ふたりきりになる。男としての期待もあった。ただ、嬉しい話ばかりではない。川上から聞いた学長の話は、絶対気づかれてはならない。


 待ち合わせ場所のイオンモールに着くと綾女が三人組の男に声をかけられていた。ナンパなのだろうか。俺は離れて様子を見る。綾女は青のブラウスと黒のタイトスカートだった。スカート丈が短く男の興味を引いたようだ。胸が大きく、ミニスカートと言う完全に身体目的で声をかけたのだろう。


「もう、やめてください。今から彼氏と待ち合わせなんですよ」


「そんなこと言わないでよ。こんな可愛いんだからさ。俺たちといいとこ行こうよ。きっと楽しませてあげられるよ」


 完全に欲望丸出しの台詞に頭が痛くなる。彼氏がいると伝えているのに引き下がらないのは、欲望のせいだろう。綾女にとっては全くいいことのように思えないのだが。


 今出て行ってもいいのだが、綾女の反応が見たいので、もう少し様子を見たくなった。綾女は強いので、チンピラに負けるわけがない。万が一危なくなったら、俺が出て行けばいい。


「すみませんが、あまりにしつこいと警察呼びますよ」


 綾女がチンピラを睨む。警察という言葉を聞いて、慌てだす。あくまで奴らは同意の上で性交渉をすると言うのが、建前にある。レイプなら犯罪になってしまう。


「ごめんごめん、そんなつもりはないんだって。可愛いな、と思ったから声をかけたんだよ」


「だから、さっきから言ってるじゃないですか。彼氏を待ってるんです」


 これ以上、見ていても仕方がないので、俺は綾女に声をかけた。


「どうしたんだ? 争ってるようだったから、急いで来たんだけど」


「この人たちが、しつこいのよ」


「いやぁ、彼氏もいるんだったら、行きますよ。お前ら行くぞ」


 去り際に綾女をじっと見る。


「あーあ、元AV女優だと思ったから、やらせてくれると思ったのにな。お高く止まりやがって。どうせ、その身体で何人もの男と寝たんだろ。やらせてくれてもいいじゃん」


「ふざけないで。行かないと本当に警察呼びますよ」


「行くよ、行くって、仕方ないからDVDでも見て満足するわ。乳、今でもピンクなのかな」


 綾女はその言葉を無視して、俺のところに来る。泣きそうな顔をグッと我慢していた。


 チンピラ達は他の女を探しに行ったのだろう。それにしても綾女が元AV女優だと、かなり広まってしまっている。聖人の父親が絡んでいることは間違いなかった。聖人の逮捕や資金源の撮影会社を潰したことで、かなり逆恨みされているのかもしれない。


 綾女は何も言わずに俺に抱きついた。いきなり俺にキスしてくる。舌を入れて俺の舌をかき回した。唇を離すと我慢していたのか、涙腺から涙が溢れ出てきた。


「ごめん、ごめんね。なんかわたし涙脆くなってて。昔ならこんなこと言われても気にも止めなかったんだけどね。おかしいよね、あいつらの言う通りなんだよ。別に今更、する相手が数人増えたって、気にするようなことじゃないんだよ」


「そんなことないよ。その証拠に傷ついてる」


 俺は綾女の身体をそっと抱いた。細くて少し力を入れたら折れてしまいそうだった。胸だけが育っていて、柔らかさを感じる。暫く抱き合っていると、少し落ち着いてきたのか、ゆっくりと離れた。


「本当に誰が広めてるんだろ。以前なら、こんなに知られてなかったのにね」


「それが狙いなんだよ。わたし有名だったから、顔バレしてるしね」


「今だけだと思うよ。もう引退してるんだ。気にすることはない」


「でもね。何があったのか雄一には、話さないといけないと思ってる。わたし、本気なんだ、雄一のこと。大好き」


「俺だって、大好きだよ」


 涙を拭ってあげると、ハニカミながら笑った。


「待ち合わせをしてるだけだったのにな。雄一、ついてきてよ」


 綾女は俺の手を握りグイグイと引っ張って行く。ホテルに行くのだろうか。頃合いなのかもしれない。愛とも昔の関係に戻ったし、もう躊躇ちゅうちょする理由なんてなかった。一応、いつそうなってもいいようにゴムだけは持っている。心臓が高鳴ってきた。


「いいかな? ちょっとだけ」


 綾女は恥ずかしそうに俺を見る。俺はいいよ、と呟いてそのまま、ってここ違うじゃん。目の前はゲームコーナーだった。


 綾女はお気に入りの格闘ゲームにコインを入れる。暇を潰しているサラリーマンに乱入して、2本簡単に取ってしまった。女なのに負けたのが悔しかったのかもう一度、乱入してくる。全くダメージを与えられることもなく、ノックアウトした。何回も乱入されたが、同じように倒された。



―――――――


「楽しかった。あんなに乱入してくるとは思わなかったよ。ストレス解消になった。雄一ありがとね」


「こんなことでいいなら、いつでも言ってよ」


 フルーツパーラーでパフェを食べながら嬉しそうに笑う。俺もパフェを注文した。一人なら恥ずかしくて、入ることもできないだろう。彼女がいるメリットだ。今日は童貞捨てるのかな、と期待していただけに、少し残念ではあるけども、綾女が元気を出してくれたなら、これでいいか、と思う。


「それより、当初の予定。雑貨コーナーに行こうぜ」


「うん、買うものは決まってるんだ。店はここから、すぐのところだから」


 綾女は雑貨コーナーを数店はしごをした。俺にこれはどうかな、と聞いてくる。いいんじゃないか、と相槌を打っていると、ちゃんと見てよ、と怒られた。決まってるんだから、いいじゃないか、と思う。女心は複雑だ。


 スキップをしながら前を歩く綾女。正直、無茶苦茶可愛い。この可愛さを独り占めできるなんて、こんな幸せなことはないだろう。ただ、綾女は脆い。川上も言っていたが、チンピラの台詞にすらここまで傷ついてしまう。俺はもっとしっかりしないと、と思った。


 大学側は何を言ってくるのだろうか。いつになく川上の表情が冴えなかった。俺がしっかりしないと、ともう一度思った。


 イオンモールを綾女と話しながら歩いていた。本当に楽しそうだった。折角だから、デートらしく遊園地で遊ぼうかと思った。突然、携帯が鳴る。川上からだ。大学側で何か動きがあったのか、と慌てて出た。隣の綾女に聞かれないようにしなければならない。


「ちょっと、トイレ行ってくるな」


「えっ、なんで!」


 凄い不満そうだ。後から絶対色々聞かれるよ。バイブにしとけば良かった。慌ててトイレに入り、スマホの着信ボタンを押した。


「今、話せるか?」


 電話の川上の声は落ち着いたものだった。俺は少し安心する。


「今日教えてくれる予定の雅人。仕事が急に忙しくなってきたらしく、来れなくなった」


 俺はわかりました、と答える。授業料も払っていないのだ、無理は言えない、俺はそれだけ言って切ろうとした。


「違う違う、ドラムは教えてくれる。雅人の愛弟子に川崎雪奈って女がいる。お前知ってるか。元アイドルグループの……」


 知らないわけがない。人気アイドルグループで、絶頂期に突然引退した。綾女も可愛いが双璧を争うほど可愛かった。


「なんか最近、雅人にドラム教えてもらっていたらしい。詳しくは知らないが、相当な腕前らしい。ちゃんと教えてもらえよ。それとさ」


 川上は一旦ここで言葉を切る。笑いながら話しを続ける。


「手は出すなよ。出すなら綾女には気づかれないようにな。浮気がバレたら、お前殺されかねないからな」


 電話の向こうで爆笑していた。笑い事じゃないのですけれども、どうしてくれるんだよ、と思った。まあ、元有名アイドルグループの雪奈が俺に興味を持つはずがないんだよな。知らない人ではないのだけれども。


 気楽な気持ちで電話を切った。綾女のところに戻ると何を電話していたの、と聞いてきた。


「なんかさ、雅人さん来れないみたいで、代わりに元アイドルグループの川崎雪奈ちゃんが教えにきてくれるらしいよ」


 俺が軽く答えると綾女が俺を睨んだ。


「あのさ、川崎雪奈に誘われても絶対断ってね、絶対だよ」


「あたり前じゃないか」


 俺は軽く答えた。この答えが、そして雪奈との出会いが大きな転機になるとは、その時の俺は夢にも思ってもいなかった。


 俺は昔の記憶を思い出していた。懐かしいな、親衛隊長さんか。


―――――――


次回はドラム練習です。

雪奈ちゃん、どんな娘なのでしょうか。


親衛隊長ってなんのことでしょうかね。


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