第51話 引っ越し作業とバンド練習

「引っ越しの続きをしないとね」

「サボらないか、監視しなくていいか?」

「大丈夫。今日はちゃんとするから、それより雄一は練習しておいでよ。明日、雅人さん来るんでしょ」


 綾女と並んで歩く。夕方になって暑さが少し和らいできた。太陽が真上にないため若干過ごしやすくなっている。


 綾女の家兼ライブハウスの玄関扉を開けた。授業が早く終わったのか、里帆がもう来ていた。


「愛ちゃんはまだ帰ってないよね。引っ越し作業は帰ってきてからにする?」


「綾女、今からやったほうがいいよ。夜道は危ないから暗くなるまでにしようぜ」


 愛を待っていたら、昨日の二の舞だ。絶対、サボるだろう。女子トークが盛り上がれば、引っ越しなど二の次になりそうだ。


「うん、そうだね。里帆ちゃん、手伝ってもらっていいかな?」


「任せといて。どれから運ぼうか」


 綾女が指示を出して、荷物の整理をしていく。一度はじまってしまえば、テキパキとこなす。俺は綾女の姿を確認して、一階に降りた。


 メンバーが出払っているのかスタジオは、誰もいなかった。二度しか来ていないため正確には分からないが、誰もいない日もあるんだ、と驚いた。スタジオの電気をつけて、アンプの電源を入れる。マイクと共鳴した反響音が鳴り響く。慌ててマイクを離し、楽譜をスタンドに立てた。


 スティックを持って、楽譜の通りドラムを叩く。タイミングを取るのは難しいが、ギターなどと違い音を出すのが容易な分、たくさん練習すれば音に合わせて鳴らすのは、そんなに難しくないように思えた。


 ひたすら同じ楽譜を叩く。ドラマーの雅人が練習は手広く行うのではなく、習ったところを確実に叩けるようにしろ、と言っていた。暫く練習を続けていると手が痛くなってくる。普段使わない筋肉を酷使しているので、筋肉痛になりそうだった。


 俺が練習をしていると玄関扉が開く音が聞こえた。バタバタと走る音が聞こえる。スタジオの扉が開かれ、扉から愛が顔を出す。俺はスティックをスタンドに立てて、扉の方を向いた。


「ごめん、遅くなった。その、お姉ちゃんは?」


「里帆が早く来ていたので、今ふたりで引っ越し作業をしていると思うぞ。それとさ、作業は日が沈むまでにしておけよ。女三人じゃ危ないからな」


「わかった、ありがとね」


 愛はそれだけ言うと二階に上がっていった。俺は練習を再開する。演奏していて気づいたが、ドラムの演奏はかなり疲れる。少し休憩を入れようと、長椅子に腰を下ろした。スタジオの扉がもう一度開く。部屋に綾女が入ってきた。


「練習、どうかな? わたしが見てあげられればいいのだけれども。今日はまだ片付け終わってないから、ごめんね」


「いいよ、今のところ楽譜も難しくないし。ただ、この楽器かなり疲れるね」


「うん。他の楽器に比べると力使うもんね。一曲演奏するだけで、ヘトヘトになるよ。ライブは休憩挟めないからドラムが一番大変なんだよ」


 綾女は奥の冷蔵庫からオレンジジュースを取ってきて渡してくれる。


「疲れにはビタミンだよ。これでも飲んでがんばって」


「ありがとう。何か飲みたかったので助かるよ」


「じゃあ、わたしは引っ越し再開するね」


 それだけ言うと二階に上がっていった。愛の黄色い声が聞こえた。ふたりで盛り上がっているようだ。少しして玄関ドアが開く音が聞こえる。つづいて二階に上がる音が聞こえた。疲れたよ、と里帆の声がして、その後三人の笑い声が聞こえた。


 オレンジジュースを飲み干した俺は少し洗って流し台にコップを置いた。練習を再開しようとスティックを持ったところで、スタジオの扉が開く。川上がスタジオに入ってきて、俺の側に立つ。


「練習上手くいってるか?」


 様子を見に来てくれたのか、俺の側の椅子に座った。


「演奏自体は問題ないのですが、これ疲れますね」


「慣れだよ、慣れ。普段使わない筋肉を酷使してるからな。初めは疲れると思う。こまめに休憩を入れて練習してたら、すぐ慣れるよ」


「ありがとうございます」


 俺はそれだけ言うとスティックを握り、演奏を再開しようとした。


「ちょっとだけいいか」


 目の前の川上は、少し浮かない顔をしていた。何か悪いことがあったのだろうか。俺は椅子を川上の方に向けた。


「綾女の大学の話だが、少し悪い方向に話が進んでるようだ。これは直接聞いたわけじゃないが、かなり信憑性の高い情報だ。学校関係者の話だが、綾女のAV出演のことを学園長が問題視していてな」


 言いにくそうに、こちらをじっと見てくる。


「これは決まった話でさえないから、綾女には言うなよ」


 俺は唾を飲み込む。国立や公立と違い私立大学は、トップの個人的な意見が影響を持つ。問題視しているのであれば、最悪自主退学もありえるのか。


「近いうちに綾女の話を聞きたいと言っているそうだ。呼び出しがかかるまでは、綾女には黙っておいた方がいいと思う。綾女はあー見えて脆いからな」


 俺の肩に手を置いて、じっと見てくる。


「綾女を守れるのはお前だけだからな。俺達はサポートはできても心の支えにはなれない。頼むぞ」 


 珍しく心配そうな表情で俺を見た。この人でもこんな表情をするのか。いつもは本音を隠しているのかもしれない。


 学園長の呼び出しがあれば、自主退学の打診をしてくる可能性もあり得る。安心しきっていた卒業が遠のいていく気がした。俺がしっかりしないと。少なくとも綾女に心配をかけるようなことはあってはならない。守れるような男になりたい、と俺は強く思った。



――――


一筋縄ではいきませんね

やはり学校の校風というのもあるから、有名大学のお堅い私立となると簡単には行かないかも。


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