第50話 再び綾女との通学

 今日から通学を再開した。休みが長くなると単位が足りなくなる。2回生は専門の講義が多いため、あまり休むわけにもいかなかった。綾女と一緒に登校する。雨模様だった梅雨も終わりを告げ、夏の熱気が周囲を満たしていた。襟をはたきながら、綾女が俺の方を向く。青いブラウスから、ピンクのブラジャーが僅かに見えた。


「おい、見えてるぞ」


「雄一になら見られてもいいよ」


「他の奴に見られるかもしれないだろ」


「あー、それは嫌かも」


 綾女は襟のボタンを上まで止めた。


「それにしてもあっついよねえ」


 手をうちわにしてパタパタと仰いだ。僅かな風では全く涼しくならないと思うが、この暑さを考えると仕方がないか。改札を通り電車に乗り込む。車内は快適な温度に調整されていた。冷やされた汗が心地よい。


「気持ちいいねえ」


 嬉しそうに俺を見つめる綾女。俺の腕に自分の腕を絡める。車内の涼しさのおかげで、近づいても暑くない。綾女の柑橘系の匂いが、いつもより強く感じた。


 大学前に着くと学生が一斉に降りた。俺たちもそれに合わせて降りる。涼しい冷気を浴びた分、外は今までよりも暑く感じられた。駅から学校までは緩やかな坂道が続く。長くはないが、この暑さの中歩くのは億劫だった。隣を歩く綾女を見ると同じ気持ちなのか、鬱陶しそうにしていた。俺の視線に気づいて僅かに微笑む。綾女の横を歩幅を合わせながらゆっくりと歩いた。やがて大きな正門前に着いた。


「あれって、もしかしてさ」


 目の前の学生たちが綾女に好奇の視線を送ってくる。ヒソヒソと内緒話をする声が聞こえた。


 聖人の父親が何を広めたのか知らないが。予想はつく。広めるとしたら綾女のAV女優のことだろう。男達の視線を見たところ、ほぼ間違いないだろう。


「気づいてるよな」


「うん、予想通りだけどね」


 スマホでネットにアクセスする。大型掲示板の大学のページに確かに書き込みがあった。これは誹謗中傷にならないのだろうか。事実ではあるが、引退した女優なのだから、訴えることも出来そうだ。ただし、訴えた場合、公になってしまい却って向こうの思うツボになるだろう。


「大丈夫か?」


「うん、覚悟していたから、大丈夫だよ。同級生から奇異な表情で見て来たり、男の子から好奇な視線で見られるけれど、無視すればいいよ。別に何かされるわけじゃないし」


「辛くなったら、言ってくれよ。我慢しなくていいからな」


「うん、一緒に登下校して、お弁当を一緒に食べようね。雄一と一緒にいられるなら、気にしないよ。別に同級生たちと仲良くなりたいわけでもないしね」


「わかった、出来るだけ一緒にいるようにするよ」


 水曜日の授業では、綾女と共通の科目があるが、その時間を覗くと別行動になる。好奇な視線だけならいいが。少し心配になった。


「ねえ、ねえ。綾女ちゃん、撮影の時のように脱いでよ。みんなの前が恥ずかしいなら、ホテルで脱いでくれてもいいんだよ」


 昼休みにカフェ前の休憩スペースに向かおうと歩いていると、嫌な声が聞こえた。あれは聖人の悪友の一人だろう。綾女は完全に無視してこちらに向かって来る。気にしていないように見えるが、内心は複雑なのではないか。


「綾女につきまとうな。二度と目の前に現れるなよ」


 俺は綾女について来た聖人の悪友を恫喝する。どうせ、殴りかかってこない。俺や綾女を怒らせて傷害事件に持っていきたいのだろう。腹が立っても何もしないことだ。もし、危害を加えて来るのであれば、綾女も黙っていないだろう。綾女は強い。だからこそ、相手を怒らせた方がいいのだ。


「ふざけんなよ。お前ら社会的に抹殺してやるよ」


 聖人の悪友の一人はそれだけ言うと逃げるように行ってしまった。何もできないのに挑発するなよと思う。


 弁当は手の込んだものだった。いつ料理をしたのだろう。綾女は家に帰っていないので、朝早く起きて、キッチンで料理を作ったのだろう。キッチンは愛の許可が必要だ。食材などは愛が提供したことを考えたら、一緒に料理したと考えた方が自然だ。俺は卵焼きを頬張りながら、綾女を見た。


「雄一くん、やはり気づいた? そうだよ今日の料理は愛ちゃんとの合作。昨日、愛ちゃんが提案して来たの。お姉ちゃんと一緒にお兄ちゃんの料理を作りたいってね。だから、この弁当はふたりの合作だよ」


 愛の得意料理、筍ご飯が入っていた。俺の好物だ。これが入っていると言うことは、聞く前から愛が作っていると気づいていた。


「ふたりの料理が入ってるから、俺は逆に嬉しいけどな。綾女も得意料理があるように、愛も得意料理があるから。両方食べられて、俺は幸せだよ」


 ニッコリと綾女に微笑む。綾女も幸せそうに微笑んだ。弁当を食べていると、遠巻きに俺たちを見ている視線に気づく。どうせ何もできない。こう言う輩は、放置しておくに限る。数週間もすれば何もなかったように普段の生活に戻る。俺はそう自分に言い聞かせた。


 スマホが鳴った。川上からの電話だった。民事事件の第一回公判の日程が決まったと伝えて来た。こちらの証人として里帆が出廷するそうだ。いくぞとだけ伝えて電話が切れた。公判はちょうど1週間後だ。刑事事件はまだ全容解明ができてないのか、暫くかかりそうだった。



―――――


いかがでしょうか。

判決の全容が次回以降わかって来そうです。

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