第49話 はじめてのバンド練習

 川上と一階に降り、殺風景なバンドスタジオで何も喋らずに待つ。話す言葉が見つからなかった。手持ち無沙汰な状態で待っていると、ドラマーの友人がやって来た。初ライブの時にドラムを叩いていた男だった。


「君が山本くんだね。よろしく」


「よろしくお願いします。えと……」


「ごめんごめん自己紹介がまだだったね。私の名前は山崎雅人だ。よろしくね」


 俺は山崎と握手した。山崎は当時、川上がいたバンドのドラマーだ。川上から困った時に何度も助けてもらったと聞く。40代前半だろうか、川上や圭一と比べると二回りくらい年齢が上だった。落ち着いた性格の男だった。


「じゃあ、初歩から教えるよ。まずはスティックの持ち方だね」


 俺は教えてもらった通り持ってみる。


「もっと軽く持ってね。ドラムは太鼓じゃないからね」


 川上と違って基礎の基礎から丁寧に教えてくれる。叩き方、ビートの数え方、楽譜の読み方など、何も知らなかった俺には凄く勉強になった。


 川上の方を見ると不機嫌な顔をしている。


「なあ、雅人。そんなゆっくり教えてたら次のライブまで間に合わないぞ」


「ここをカットしたら、自己流が身について余計に上手くならないよ。まあ、見てなって」


 一通り教えてもらって、今度はドラムを叩く練習だ。音楽に合わせるのではなくて、4ビート、8ビート、16ビートなど速さに応じた叩き方を教えてもらう。川上の時と違って、隙のない教科書のような教え方だった。


 時折、褒めてくれるので非常に楽しく叩けた。下手な俺にも根気よく教えてくれる。


「始めるの遅くありませんか?」


「全然大丈夫だよ。そもそもバンド活動なんて本格的にやるのは大学生になってからだよ。今からならプロになれる。焦るなって」


 焦っていた川上と違って理解しやすかった。楽譜も単純なところからだった。次回までにこれを叩けるようにと言われた楽譜は俺のペースに合わせてあって、簡単そうだった。


「じゃあ、俺は急ぐからね」


 ちょうど2時間で切り上げて、手を上げて去っていく。


「あいつ教えてるのうまいだろ」


「凄く勉強になります」


「俺はあーはなれないんだよね。つい焦っちまう」


 天才にも欠点はあるんだと思った。普段は非常に冷静で、人より先を見ている。そんな川上でも不得意な部分はあるのだ。やけに人間ぽく感じた。


「俺が教えて上手く行ったのは綾女だけなんだよ」


「えっ、綾女はボーカルでしょ」


「知らないのか? あいつなんでも弾けるぞ。ギターもベースもドラムもな」


 信じられないことだった。綾女がバンドに入ったのは長く見積もっても一年以内だ。短い期間で多くの楽器を覚えるなんて。そう言えば……。


「綾女は何故、大学に入ったのですか?」


「俺も正確には知らないが、アイドルで失敗してもいいように大学くらいは出ろと母親に言われたそうだ。受験まで一年もなかったらしい」


 信じられないことだった。俺は三年かけて死ぬ気で勉強したのだ。もし、綾女が普通の家庭に生まれていたら、東大に入っていただろう。


 アダルト女優なのに有名大学と驚いていた自分が馬鹿らしかった。綾女はそれ以上に凄かったのだ。果たして自分と釣り合うのだろうか。


「かんばれよ、綾女に釣り合う男になれ」


 俺の肩を叩いてニッコリ笑った。悪戯ぽい笑顔だった。だから、川上さんは人が悪いと言われるんだよ、と俺は思った。



 ドラム練習が終わって上に上がると三人はくつろいでいた。思ったよりも引っ越し作業が進んでいない。ジュースを飲んで楽しく談笑していた。


「引っ越しは?」


「あぁ、忘れてたーっ」


 綾女、それはあんまりだと思うぜ。今日、どこで寝るんだよ。


「俺の部屋なら空いてるけどな」


「ちょっとお兄ちゃん。女の子相手に何言ってるの? わたしの部屋だよね」


 ちょっと待て。俺は綾女の彼氏じゃないのか。


「そっか。愛ちゃんの部屋があったよ。よかったー」


 隣に座り愛が綾女の頭を撫でている。ちょっと違うと思うぞ妹よ。綾女との関係が進むと思っていた俺は非常にガッカリしてるんだが……。


「雄一、妬いてる?」


「バカ言うなよ、そんなわけねえよ」


 愛に嫉妬してどうするんだよ。そもそもこの図式がおかしいのだ。本当は三人で俺を取り合う図式になるはずだった。何故こうなってしまったんだ。


 結局、半分も終わらずに綾女の引っ越しは中途半端のまま、夜になった。とは言うものの、布団関係と衣類は移動したので、すぐに困ることはない。


 部屋に入ってベッドに腰をかけた。隣の部屋は綾女の部屋だ。愛とふたりの時とは違って変に意識してしまう。お風呂が沸いたよと愛が綾女に言って来た。綾女が一階に降りていく音が聞こえる。ふたりで賑やかに騒ぐ声が聞こえた。もっとベタベタしたいな。俺は少し寂しく感じた。


 水の流れる音、ドライヤーの音、当たり前な生活音にドキドキしてしまう。目を閉じると綾女の裸体が浮かんだ。いかん、また元気になって来た。


 俺はベッドに横になる。今日は疲れた。ゆっくりとまぶたが重くなり意識が遠のいて行った。


 ドアをノックする音で慌てて飛び起きた。風呂が開いたことを伝えに来たのだろう。


 俺が扉を開けると綾女が入って来た。扉を後ろ手に閉める。風呂のことを伝えに来たのかと思っていたから、少し驚いた。


「静かにしてよ」


「分かった」


 綾女は俺のベッドに忍び込んだ。綾女の身体を抱いてやさしくキスをした。綾女は俺の胸の中に顔を埋める。


「流石にこれ以上はやばいから、ここまでだけどね」


 綾女は俺の身体をぎゅっと抱きしめる。いい匂いと胸の柔らかさで、我慢するのも大変だ。


「なんか今日寂しかったよ。みんなが笑い合ってたから、それはよかったんだけども」


「ごめんね、暫くみんなの前ではこの立ち位置で行きたいんだ。でもね……」


 綾女は俺の耳元に口を近づけた。


「わたしは、雄一の彼女。本当はみんなの前でも、こうしたいんだよ。でね、わたしは雄一のことが」


 一旦、ここで言葉を切る。抱きしめる力が強くなった。小さく囁くように言った。


「だいすき、だよ」


「綾女、俺もだよ」


 良かった。振り出しに戻ったかとドキドキしていた。綾女はこれだけ言うと自分の部屋に戻って行く。


 明日は大学と引っ越し作業の残りだ。ライブまでは一月を切った。本当に間に合うのだろうか。裁判がいつ行われるなど詳細は分からない。民事事件も併せて行うと佐藤が紹介してくれた弁護士が言っていた。刑事事件は、警察の調査で行われるが、民事はこちらからアプローチできる。民事の判決内容が刑事に影響を与えることもあるそうだ。


 明日から忙しくなる。俺はそう思った。



―――――


 寝取られ幼馴染をラブコメに移転させました。次回作が完全にラブコメなので、恋愛ではランクが上がらないので、どれだけ違うのか知りたかったのです。


 星よろしくお願いします。


 いつも応援ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

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