第48話 里帆と和解

「雄一くん、お久しぶり。その、……ありがとう」


 里帆は綾女と愛に気づいたのか、少し躊躇とまどった表情をする。意を決して俺の方に視線を向ける。


「元気になったか」


「昨日は久しぶりに何も悩まないで眠れた。本当にごめんなさい。わたし、完全に騙されてた」


 聖人に完全にもてあそばれたのだろう。指先が震えていた。何があったのだろうか。今は聞くべきではないと思った。傷を負っているのだ。何があったのか話させることは追い込むことになってしまう。俺が聖人のことを避けて話していると目の前の里帆はニッコリと笑った。


「何も聞かなくてありがとう。わたしね。聖人に完全に騙された。復讐できるのならば、証人として出廷したい」


「そんなことしたら、お前……」


「いいの、綾女さんのことも沢山知った。綾女さんに当時何があったのかも、聖人から聞いたんだよ。だから……、力になりたい」


 綾女が近づいてくる。里帆の手を握った。


「里帆ちゃん、ありがとう。聖人はきっとDVD撮影に関与していないと言ってくるはず。それを崩すことができれば、余罪も含めて、暫くは出てこれなくなるはず」


「大丈夫、録音もしてる。何があっても絶対復讐してやると決めていたから……」


 俺は涙ながらに語る里帆を見た。もう、彼女にはなれないが、友達にはなれそうだと思った。


「ねえ、私たち友達になれない、かな。」


 綾女が目の前の里帆に提案する。綾女は聖人の父親に、里帆は聖人に騙された。同じ境遇同士だ。俺や愛には言えない苦しみがきっといくつもあるだろう。綾女が俺に本当の話をするのは、きっと難しいだろう。だが、里帆は違う。傷心者通し話し合えることもあると思う。


 ふたりならいい友達になれるのじゃないかと思った。証言をまとめることもひとりでは難しいだろう。ふたりならきっとうまくいく。


「わたしね、雄一の部屋に居候するんだ」


 綾女が里帆に嬉しそうに笑いかけた。里帆は浮気をしていなければきっとあった俺との人生を想像して、遠い目をしていた。俺に視線を移し、ハッと気づく。


「ごめん、綾女ちゃんのこと邪魔することはないからね」


「ううん、愛ちゃんが告白したように、里帆もライバルになって欲しい。わたしたち女の戦いは始まったばかりなんだよ」


 いや、それはあんまりだろ。俺の選択はどうなんだよ。俺、綾女のことが大好きなんだけどさ。


 でも、ハーレムもいいかも、と思う自分がいた。ハーレムか。水着姿の3人とビーチパラソルの下で座る俺。みんながサンオイルを塗って欲しいと言ってくる。俺は背中から塗り出して、やがて胸へ、でも胸なんて塗る必要あるのか。気づいて我に返る。目の前の3人は俺をじっと見ていた。


「あれー、なんかエロいこと考えてた?」


「エロいことなんて考えてないぞ。ビーチパラソルの下でサンオイルを塗るなんて、考えるわけないだろ」


「へえー、サンオイルね」

「それってどこまで塗るの?」

「お兄ちゃん、お約束過ぎてヤバいよ」


 3人は俺の妄想したことを正確に理解したらしい。咄嗟とっさに本音が出てしまった。欲求不満なのだろうか。そう言えば、最近は随分とご無沙汰なのだ。綾女とやがて来る肉体関係に備えて、全て浮気になってしまうと我慢していた。想像の中くらいエロくてもいいじゃないか。


 視線を里帆に移す。里帆は終始くすくすと笑っていた。久しぶりにこんな笑顔みたよ。良かったね、と心から思った。


 その後、3人揃って綾女の部屋に入った。初めての綾女の部屋だった。殺風景な部屋を想像していた俺は逆に驚いた。完全に女の子の部屋だった。ピンクのベッドに所狭しと置かれているぬいぐるみ。きっとクレーンゲームで取ったのだろう。格闘ゲームの腕だけじゃなくて、クレーンゲームも上手いのか。


「これ、全部お前が取ったのか?」


「そうだよ、凄いでしょう」


 当たり前のように綾女は言ってくる。こいつは凝り性なんだな。ネットなどで取り方を研究してそうなタイプだ。

 

「これ全部今日中に移動するのは難しいと思うぞ」


「大丈夫だよ。ぬいぐるみとかはおいおい持って行くからね。とりあえずこれを運びたいよ」


 ベッドなどは置いていっていいと思った。家には備え付けのベッドがあるのだ。布団など一式を先に運んで、必要なものを後から持っていくと言うことで決まった。


「でさ、何でそれ持っていくんだ?」


 一番大きなぬいぐるみを一つ抱える綾女。それだけで手がいっぱいになっていた。先に衣類や布団から運ぶと思っていたのだが。


「えとね、これは絶対なんだ。これないと寝れないから」


 抱き枕のようだった。代わりに抱いてやったらこいつがなくても寝れるかな、と思った俺は下腹部の異変に気づく。ヤバい見事に元気になっていた。


「ちょっと、何考えたか分かりやすすぎるんですけども」


「どうしたのお姉ちゃん、うわっ」


 頭の中を無にしなければならない。それでなくてもこれからは三人と一緒の機会も増えるだろう。いちいち反応してたら、そのうち愛想をつかされそうだ。


「まあ、雄一が反応してくれるのは、ちょっと嬉しいかな」


「そう言うの嬉しいものなの?」


「わたしに、その好意を持ってるってことでしょ」


「違うと思うよ。好きと抱きたいは、異なる欲望らしいよ」


 議論が始まった。女三人に男一人。側から見れば羨ましいだろうが、全てを我慢しなければいけない俺からすると簡単に喜べるものではない。


「雄一、いるか?」


 川上が部屋をノックした。声が聞こえていたのだろう。綾女が開けた。


「突然だけれど、ドラマーが今日なら教えられると言ってきた。もうすぐ来るけど時間あるか?」


 ないと言ったら次が無くなりそうだ。


「引っ越し作業続けれるか?」


「大丈夫、大丈夫。女ばかりだけれど三人もいるからね」


「ごめんな。時間があったら手伝うから」


 俺は川上の方を向いて頭を下げた。


「ドラムの練習よろしくお願いします」


「了解した。じゃあ連絡しておくからな」


 綾女たちは荷物を持って部屋を出て行こうとする。綾女がこっちを振り返って言った。


「頑張ってね。応援してるから」


 そうだ、俺は綾女に追いつかないとならない。横に並んでもおかしくない男になるのだ。



―――――


里帆の本音、綾女の本音。

これから明らかになるのでしょうか。


裁判だけじゃなくて、バンド活動も始まります、


今後ともよろしくお願いします。

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