第47話 綾女の決断そして

 翌日、俺たちは綾女の家兼スタジオに集合した。重い選択になる。集まったメンバーは、何も言わずに綾女の決断を待っていた。愛もいた。新しいグループメンバーとして、参加していたのだ。


 大学は休んだ。行っている場合じゃなかった。綾女の一大事だった。じっとしていた綾女が重い口を開く。


「いつか、この日が来ると覚悟してた。もうちょっと、雄一と一緒に勉強したかったけどね」


 嬉しそうに俺に視線を送ってきた。話し出した口調は重さなど全くない、普段通りの話し方だった。


「示談交渉に乗ったらダメなのか。別にバラすと決まったわけじゃない。話に乗ったからと言って条件をつけられないわけじゃない。場合によっては接見禁止など、条件をつけて有利に持っていくこともできるんじゃないか」


「雄一だめだよ、そんなことしたら、チームが崩壊しちゃう。聖人親子相手には、絶対どんなことがあっても妥協しちゃダメなんだよ。脅しに屈したら、これから何を言ってくるか」


 綾女は全員の顔を見る。ゆっくりと視線を移動して、やがて俺の方を向いた。


「雄一は、ちゃんと大学卒業してね、絶対だよ!」


「俺はお前と一緒に卒業したい。朝楽しく会話して学校行って、会話して帰宅。お昼ご飯は綾女が持ってきてくれる弁当食べてさ」


「卒業はできないけど、一緒に学校行って、イチャイチャしたらダメなの?」


 綾女は退学しても学校には行き続けると言っていた。大学は俺と綾女が再会できた場所なんだ。退学したからと言って今までと何も変わらない。その目が語っていた。


「お母さんとの契約があった。学校にはバラさない内容だった。弁護士の言う条件がそもそもおかしいのよ。でもそれを言ったところで、その契約を反故ほごにしかねない。それが奴らのやり方なんだよ」


「どうしようもないのか」


 俺は、何もできない自分が情けなくて、歯を食いしばった。


 今まで沈黙を守っていた川上が眼鏡を押さえて綾女をじっと見る。決意の色を確認して、ニッコリと笑顔で話しだす。


「実は退学はない、と俺は思ってる」


「はあ?」

「はい?」

「何言ってるの?」


 全員の声がハモった。言っている意味がわからなかった。退学は確定路線じゃないのか。川上は言葉を続けた。


「聖人の父親は大学に脅しをかけるらしいが、過去の有名大学在学中のAV発覚で退学になった例はないようだ。かなり調べたんだよ。話を聞いてくるかもしれないが、卒業まではきっと大丈夫だよ」


 川上はニッコリと微笑んだ。いつも思うが人が悪い。色々、知識があるのはいいが先に言ってくれていれば、騒ぎにならなくても良かったじゃないか。


「綾女の決意を見たかったんだよ。その決意凄く大切だ。みんな一緒に戦おうと思えただろう。その気持ちは、聖人の父親への復讐への強い力になるよ、きっとな」


 今回の川上の話に一番驚いたのは他ならぬ綾女だった。ずっと覚悟していたのだろう。


「嘘っ、わたし知らなかった。きっと辞めないとダメと思っていたよ」


 俺もそう思っていた。今までバレたら退学が共通認識だったのだ。


「過去に出演がバレた女優は結構いるが、女優引退などして、大学を辞めた例はない。過去の例を照らしても退学は無いと思う」


「わたし、辞めなくていいの?」


「現役だったら、少しやばかったかもしれないけどな。引退してるんだ。あいつらは俺たちが知らないことをいいことに脅してるだけだ」


「それなら、尚更。示談なんて受けられるわけがないよね。そっかー、わたし卒業できるんだ」


 綾女は本当に嬉しそうに俺の方を向いて微笑んだ。良かった、最悪の事態にならずに済みそうだ。


 綾女の方向性が決まったことで、早い段階でお開きになった。川上は佐藤から対抗できる弁護士を探してもらうと言っていた。示談交渉に一切乗らないことで、聖人の実刑は揺るがないものになるだろう。



――――――


 本日、丸一日休みになったことで、新しく住むことになる綾女の部屋の片付けをすることになった。話し合いは全て弁護士を通すことになるため、直接交渉をすることはない。


「ここの部屋、あまり掃除してなかったのよね。ごめんね」


「ううん、掃除のしがいがあるし、わたし部屋を綺麗にするの大好きだよ」


「良かったぁ。元アイドルと聞いてたから、掃除なんてしたことないっていうかもって思ってた」


「そんなことないない。わたしなんか底辺アイドルだからね。自分のことは自分でしろだったよー。あの時よりも充実していて楽しい」


 俺は楽しそうに話すふたりが微笑ましくて、じっと見ていた。愛が綾女にヒソヒソ話す。聞かれるようにしてるのか声が大きい。


「ねえ、綾女ちゃん。お兄ちゃんじーっと見てるけど、なんかやらしいこと考えてるのかな?」


「嘘っ? そういえばそうだよね。視線の先が、嫌だ、わたしの胸を見た後に、ずっと下、わたしの下腹部に……」


「お前らやめろー。そんなとこ見てねえし、微笑ましいと思ってるだけだよ。そもそも、綾女ならいつだって俺がオッケーならさ。その、……してくれるんだろ?」


 俺は少し躊躇ためらいがちに言う。視線の先に期待の色を明らかに感じる。愛も応援してくれてるんだ、そろそろと思うけど。話が違った方向に進み出してるとは感じていた。


「どうだろう、愛ちゃんはどう思う?」


「わたしは、まだ認めてないよ。ね、お姉ちゃん!」


 悪戯そうな表情で綾女を見た後、俺に視線を向けてくる。何なんだよ、同居したから少しは期待してたのだが。


「綾女ちゃん、それよりわたしのところに来てくれない? そしたらさ」


『そしたら』の後が聞こえないが、何か倒錯した世界に入って行きそうな気がする。そう言えば綾女は女同士のプレイもしたのだろうか。女の子同士ならどう感じるのか、少し気になった。


「お前ら本気でするのか?」


「うわっ、想像してたんだー。お兄ちゃんって最低だよね」


 嬉しそうに俺を見つめてくる。完全にネタにされてるような気がして、関わらないことにした。俺ひとり淡々と仕事をする。部屋は綺麗になってきた。


「さあ、ここからは綾女の部屋のものを移動しないとな」


「えーっ、それは大変だよーっ」


「荷物ないと不便だろうが、ほらほら行くぞ」


 俺たちは外に出る。今日は雲ひとつない青空だった。まるで今の俺たちを祝福しているように思えた。


 家を出ると見知った顔に出会った。俺は微笑みながら声をかけた。


「よっ、里帆久しぶり!」


 今までにない自然な笑顔で微笑んだ。良かったな、本当に良かった。





大丈夫なのかな?


とりあえず交渉は決裂で良さそうです、


今後どうなるのか?

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