第46話 愛を説得!?

 家に着いた俺はゆっくりと階段を上がる。朝のことが思い出される。妹は泣いていた。出来ることならば、何も言わずに部屋に入って寝てしまいたい。だか、それじゃあ、意味がない。


 俺は勇気を振り絞って扉を開けようとした。泣いていた愛のことを思い出し、踏みとどまる。すぐ近くに感じた扉が今はやけに遠くに感じた。


 さて、どうしようか、こんなところで踏みとどまってる場合でないことは分かってる。分かってるんだけどもさ。朝泣いてた愛を思い出す。妹は俺が好きだ。間違いないのない事実だ。


 綾女に一室貸すと告げるのは、あまりにも残酷だった。心臓が飛び上がるほどに強い脈を打つ。愛がこの部屋の向こうにいるのは間違いない。それでも、俺は一歩が踏み出せないでいた。


 突然、インターフォンが鳴る。来客の予定などない。この家に人が来るのは、あらかじめ誘った時くらいだ。予定なんてなかった。玄関の扉を開けた俺は驚く。


「綾女、勝手にきちゃダメじゃないか」


「だって、だってね。きっと雄一くんが愛ちゃんに言うのはお門違いなんだよ。愛ちゃんに頼むのは……」


 真摯な瞳で俺を見つめる。俺を射抜くほどの力強い視線だった。


「わたしが、言わないといけない。お兄ちゃんを奪っちゃうから、元AV女優なの隠してたから、それら含めて全部全部全部!」


 俺は綾女に圧倒された。存在感が凄すぎる。さっきまでとは大きく変わった。何があったのだろうか。別れた時には明日行くね、とだけ言っていたのだ。


「ごめん、愛ちゃんの部屋に行くね」


 綾女は俺の横を通り過ぎて階段を上がる。その姿に迷いなどなかった。俺も慌てて階段をかけ上がる。俺が何回も行ったり来たりしていた扉を躊躇とまどいもせずに開ける姿が見えた。


「綾女、……さん」


 俺も綾女の後をついて部屋に入った。綾女と向き合う愛の姿があった。愛はベッドから身体を起こして綾女を見つめている。


 綾女は身体を地面につけた。顔も見えないほどに。


「ごめん、ごめんね。愛ちゃんのお兄ちゃん奪っちゃって。AV女優のこと黙ってて。汚れた女なのにお姉ちゃんなんて呼ばせて」


 綾女の声は掠れていた。嗚咽が続いていた。全てを一気に吐き出すように言う。


「許してなんて言えないよね。ごめんなさい。お姉ちゃんじゃない。汚れた女です。でもね、これだけはわかって欲しい。雄一くんを好きな気持ちならば、誰にも負けない。例え愛ちゃんにも」


「綾女さん、何故そんなことを……、わたしそれで泣いてたんじゃないの」


 愛は綾女の身体を抱き上げた。綾女に抱きついて吐き出すように言う。


「わたしだって酷いよ。綾女ちゃんがどんなに辛い思いして仕事してたか、少しはわかってた。でもね、これはチャンスだと思った」


 愛も綾女と抱き合いながら泣いていた。


「だって、諦めてたお兄ちゃんを諦めなくていいと思った。告白できると思ったんだよ。だからこれは、おあいこなんだ。それにさ、歌すごかったよ。あれだけの歌を歌える人に嫌な人はいない。心が綺麗で透明なんだ、って思った。わたしだって言わせて! 奪おうと思って、ごめんなさい」


 ふたりは仲直りをしていた。愛は綾女が来てくれて本当に嬉しそうだった。朝見せていた劣等感は吹き飛んでいた。


「お姉ちゃん、わたしもね。バンドに入りたい」


 俺は驚いた。愛がバンドに入るとは思っていなかった。一度諦めた夢が叶えられると思ったのだろうか。


「いいよ、大賛成だよ! ギターやりたいんだよね。いいよ、川上はサブに入ってもらって、うまく行ったらシンセでもやってもらおうかな。彼なら何でもできるしね」


 ちょっと待て、愛がギターなら俺より目立ってしまうじゃないか。妹の監視の中で綾女といちゃつくのか。正直どうなんだろう、と思った。


「どうしたの?」

「どうしたの? お兄ちゃん」


 見事なところでハモってくる。


「綾女が良いのなら別に良いけどもさ、そんなに簡単にメンバー決めて大丈夫なのかよ?」


「大丈夫だよー、1人増えて何かあるようなバンドじゃないしね」


 嬉しそうに俺を見つめていた。


「じゃあさ、愛ちゃん。これからどっちが雄一と付き合っても恨みっこなしだよ」


 綾女は彼女だったよな。違うのかよ、おい。


「それはお兄ちゃんが可哀想だよ。お姉ちゃん、彼女だよね」


「そうだけどさ、愛ちゃんと正々堂々と戦いたくなったんだよ。だからさ、わたしは愛ちゃんに勝てるように、本当の彼女になれるように頑張るよ」


「お姉ちゃん、わたしも負けないよ」


 負けないのは良いが、それは近親相姦。冷静に心の中で突っ込む俺。綾女ともっとイチャイチャしたい俺はその提案は少々寂しい。まあ、ふたりが楽しいなら良いか、と俺は思った。


「雄一っ、大好き!」


 綾女が右から抱きついてきた。


「お兄ちゃん、大好きだよ!」


 愛が俺の左から抱きつく。


 一体何なんだ、これは……。何かが違うと感じていた。これではハーレムではないだろうか。


 その時、携帯が鳴った。川上からだった。慌てて電話に出る。


「もしもし雄一、ちょっと良いか」


「どうしましたか?」


 川上はかなり慌てた声を出していた。佐藤からの連絡で電話したことはその慌てぶりから分かった。嫌な予感は当たる。


「聖人の父親が、警察有力者を使ってきた。逮捕から在宅起訴に変わった。それはいい。聖人の父親が弁護士を通して驚くことを言ってきた」


 俺はその言葉を聞いて驚いた。


「聖人だけで良いから示談に応じてくれ。もし応じない場合、綾女の大学のことで何かよからぬ動きがあるかもな、と」


 その言葉は非常に重かった。これは脅しだ。直接はバラさないだろう。誰か匿名の人間がネットなどを通じて、大学にAV出演のことを伝えれば大学は調べるだろう。綾女はきっと自主退学になる。


「どうしたの?」


 俺の顔を見た綾女は、何が起こったのかわかったらしく、心配そうに聞いてきた。



――――――


一筋縄ではいきません。

示談交渉をしてきました。

応じることは可能ですが、条件をつければ、でもそれでは人まとまりになったメンバーがバラバラになってしまいそうです。


どうするのでしょうか?


いつも読んでいただきありがとうございます。


星、いただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いします。

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