第43話 里帆救出

 俺と川上は夜の街を走る。川上の走りは綾女のように後ろを気にするようなことはなかった。置いて行かれまいと必死についていく。


 川上はかなり速い。100メートルダッシュでもしてるような速さだった。追いつくために必死になるけども、どんどん距離が離される。追いつけない。見えなくなると思った瞬間、川上は止まった。


「辛いか?」


「はや、速すぎますよ。あなた人間ですか」


「残念ながら、な。これでも普通の人間だ。それにしてもこのくらいで息が上がるなんて、全く運動してないだろ。綾女でもついてくるぞ」


 基準がおかしかった。川上だけじゃなくて、綾女も速いのだ。前回一緒に走って、痛いほどにわかったことだった。


「ちょっと休憩したら行けますから。ちょっと待ってください」


 息を切らせながら、呼吸をする。突然、激しく咳き込んだ。


「大丈夫かよ、目的地着く前にこれじゃへばっちまうぞ。仕方ないからタクシー乗るぞ」


 川上は車道に近づき、手を上げた。黄色のタクシーが止まる。


「秋葉原までだ。そうだな駅の側でいい」


 駅から、目的地は少し離れている。タクシーで乗り込むなんて馬鹿のすることだ。川上が目立たないところから歩こうとしてるのはよく分かった。


「乗り込むのは俺がいいと言うまで待てよ。こっちにも準備があるからな」


「分かりました」


「お前が飛び出したら全てが終わるからな。気をつけろよ。何かあったら助けるけれど、俺の言うとおり動いてくれないと助けられないからな」


 秋葉原の駅に着く。川上はお金を渡して領収書をもらっていた。


「ほら、行くぞ」


 雑居ビルまでは、駅から徒歩で5分程度だ。目立つようなことはしたくないのか、ゆっくりと歩いていた。


「川上さんはなぜ、そんなに強くなったのですか」


 子供の時、暗殺集団にいたと聞いたが、それ以上のことは知らなかった。彼の生き様というのがよく分からない。表の顔はミュージシャン。裏の顔は暗殺者。


「日本に来たのはさ、ある女性を殺せという命令を受けたからなんだよ」


 俺は驚いた。川上は本当に暗殺の命令を受けて日本に来たのだった。これではまるでドラマのようだ。


「その任務は成功しましたか?」


「いや、失敗した。俺がそのな、彼女に惚れてしまったからな」


 もしかして、それが優奈さんなのだろうか。聞いてみたいが少し怖かった。


「お前、聞きたいと顔に書いてあるぞ。お前の顔が語るようにそうだよ。俺の奥さんだ」


「なぜ、奥さんは暗殺者から狙われてたのですか?」


「何故だと思う?」


「分かるわけないですよ」


「だよな、そらそうだ」


 笑いながら歩いていく。どうやら答える気は無いようだった。恐らく俺には想像もつかない経験の中で一緒になったのだろう。川上が俺を応援してくれるのも、無謀という意味では似ていたからなのかも知れない。


 それにしても今のことを数年前の俺が聞いたら驚きそうだ。元AV女優と付き合ってると言えば、裕二以外の友人なら辞めとけと言われるに決まってる。分かってるから、綾女も俺の価値観に合わせようと必死になってくれてるのだろう。


「そろそろ着くぞ、気を引き締めろ」


 川上の顔が柔らかな表現から、厳しい顔に変わる。狼のような強い眼光だった。5階建ての雑居ビルの一番上の窓から、電球の明かりが漏れていた。あそこに里帆はいるのだ。


「焦る気持ちはわかる。ただ、今は少し待て」


 川上は時計を気にしてるようだった。誰かを待ってるようにさえ見えた。時計の針の音だけが静まり返った側から聞こえていた。川上が持っている腕時計の音だ。


 数十分は待っただろうか。暫くして川上が俺に声をかけた。


「行くぞ、ついて来い」


 雑居ビルの看板横の階段目がけて走る。階段を音を立てないように駆け上がった。2階、3階と上に上がっていく。4階の階段を半分昇ったところで、目の前の川上が手を上げた。小さな声で止まれと言う。


 里帆のいる部屋まで後数メートルだ。緊張感が増す。きっと沢山の人がいるだろう。こんなところに入って大丈夫なのだろうか。数分が長い時間に感じた。額から汗が滴ってくる。手で汗を拭った。目の前には聖人がヤクザたちといるのだ。捕まったら命はない。暫くして川上が手を上げた。


「行くぞ」


 俺達は、目の前の部屋に入った。突然入って来た俺達に聖人達は驚いた顔をしていた。


「お前何しに来やがった。綾女の時だけじゃなくて今回も邪魔しに来たのかよ」


 部屋の中には男が20人はいた。真ん中に里帆が白いワンピースを着て、座っている。スカートはかなり短い。脱がすことを前提とした服装だろう。かなり際どかった。


「雄一、来ちゃダメ。こいつらは異常だよ」


「お前らを、逃すわけねえだろ」


 男たちが俺に近づいてくる。隣の川上は、抵抗するな、と小さな声で呟いた。


「なんだよー、王子様なのは格好だけだったのかよ」


 俺と川上は後ろから掴まれて、押さえ込まれた。抵抗できない。目の前の川上は、言われるように後ろ手に縛られていた。頭から地面に叩きつけられる。かなり痛かった。


 川上は何を考えているのだろうか。これでは捕まりに来たようなもんじゃ無いか。


 目の前の聖人は嬉しそうに俺を見た。綾女の時のこと、かなり腹を立てていたのだろう。


「綾女の時はお世話になったなあ。本当あの時は俺の計画を無茶苦茶にしやがってよー」


 本当に嬉しそうに俺の方に顔を近づけた。俺の顔に手を当てて思い切り地面に叩きつけた。痛い、半端なく痛かった。


「はははははっ、王子様が聞いて呆れるわ。カッコよく来たかと思ったら即捕まるんだもんなあ。お前ら、本当に頭大丈夫か?」


 俺も目の前の川上も殴る蹴るの暴行を受ける。痛い、痛い、痛すぎるよ。骨が折れないか心配になった。このままじゃ死ぬしかない。目の側が切れて血が飛んだ。目の前の川上を見た。小さな声で俺に伝える。


「今なら、里帆は逃げ出せる。奴ら俺らしか見てないからな。逃げろと言え」


「でも、………」


「でもじゃねえ。これまでの苦労を無にするつもりか」


 仕方なく俺は声をあげた。俺自身が絶体絶命なのに里帆のことなど心配してる場合ではないのだが。


「里帆逃げろ! お前なら逃げられる。俺たちに気にせずに逃げろ。俺たちは大丈夫だから」


 川上が言ったそのままの文面で里帆に伝えた。少し離れた場所にいる里帆は当惑していた。逃げるのを躊躇ちゆうちょしてるようだった。扉が開かれる。


「お前さんが捕まっちゃ、話にならんからさ。ほら行きな」


 扉を開けて入って来たのは、中年の屈強そうな男だった。


「お前は誰だ!」


 聖人の怒声を無視して川上のことを見ていた。


「里帆は逃げたか?」


「あぁ、俺は女は見てないけどな。でもウサギが一羽逃げて行ったみたいだぜ」


「なら、もういいだろ」


「だな」


 なんのことを言ってるのか分からなかった。これだけ相手がいるんだ。俺たちは何もできずに捕まったはずだった。


「隠す必要もないだろ」


「そうだな」


「俺は救世主なんだぜ」


 冗談をいいながら目の前の男は笑った。


「冗談はよせ」


「それにしてもお前が殴ることもせず我慢できるなんてな。大人になったな」


「うるせえ、俺は周りに迷惑をかけたくないだけさ」


 目の前の状況は一人増えたくらいでどうにもならないほどの人数の差があった。一体、川上は何を考えてるのだ。そして、この屈強な親父は誰なんだ。


 謎が謎を呼ぶ。どう言うことなんだ。絶体絶命なのに何故かふたりは嬉しそうだった。


「兄ちゃんも、勇気あるな。川上に騙された口だろ。まさか殴られに行くなんて思わねえよな」


 思いっきり豪快に笑った。



―――――


ふたりの会話、実は後手に縛られたまま語ってます。


余裕のふたり。何故余裕があるのでしょうか。

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