第42話 綾女の家、そしてスタジオ
これから女の子の家に行くと思うと鼓動が早くなる。里帆の家には何度も入ったが、幼馴染だったため女の子の部屋に行くと言う意識はなかった。初めて異性の家に行くのだ。意識しないわけがない。
「えとさ、あんまり期待しないでね」
落ち着きがなさそうに手を動かしながら否定してくる。そう言えば母親は一年前に亡くなっていたのだった。綾女は誰と暮らしてるのだろうか。
「お供えとか持って来なくて良かったかな」
「いいのいいの。気を遣わないで。仏壇はあるけども、家族はいないから」
「お父さんは、家にいないの?」
「父は、高校生の時に亡くなったんだ」
知らなかった。綾女は一人で住んでるのだろうか。それは悲しすぎる話だ。
「大丈夫? 一人で住んでるの?」
「あぁ、結構頻繁に人来るから気にならないかと」
いつもの別れ道のところまで歩いてきた。右に曲がれば俺の家だ。初めて左に曲がった。10分ほど歩くと三階建ての赤色の大きな家が見えてきた。表札を見て驚く。
「スタジオアヤメ、何これ」
「やっぱり思うよねえ。実はね、母親亡くなるまでは家だったんだけど、維持できなくてね。みんなに相談したらスタジオ兼用にしたらって。防音とかも入ってたからちょうど良いと思ってね」
綾女は話しながら扉を開いた。
「よっ!」
「よっ、じゃないですよ。川上さん、何故ここにいるのですか?」
「だって、ここ俺たちのスタジオだぜ。綾女に聞いてない?」
「あはははっ、今言ったところなんだ、これが」
「ちょうど良いや。俺がドラムの叩き方教えてやるから、ついて来い」
「ちょっと待ってください。綾女、女の子なんですよ。こんな男がたくさん出入りするところで生活なんて……」
「あー、雄一初めてだったから驚いたかな。確かに男の子ならそう思うよね」
玲奈が奥の部屋から出てきた。
「綾女の部屋は三階部分だよ。そこは鍵かかるし、誰も入れない。シャワールームは一階にしかないから、たまにアクシデントはあるけどね」
俺は驚いた。アクシデントが事故になってもおかしくない。綾女は可愛いのだ。メンバーだけならいいが、そうでない場合、押し倒されることだってあり得なくはない。
「それならうちの風呂貸しますよ。綾女の裸見ないでください」
俺の嫉妬を含んだ表情を見た玲奈は、ニコリと笑って綾女の肩に手を置く。
「彼氏に言われちゃったね。今までそこら
いや、むしろスタジオと部屋が一緒なのが問題なのではないか。年頃の女の子が理由はどうあれ、事務所兼用の場所で住むと言うのは問題がある。俺は勇気を振り絞って言った。
「俺の家、部屋空いてるからもしよかったら一緒に」
「うわー、大胆! 同棲する気なの?」
「愛もいるから同棲ではないです。ここはスタジオのみにした方がいいと思うんです」
「綾女はどうする? 今だって三階には入らせてないけども、確かにスタジオ貸したりもしてるからね。普通の女子大生とは違うか」
「凄く嬉しいけど、愛ちゃんどう思うかな」
「事情、説明するよ。俺の大切な人の裸を知らない人に見せることは今後絶対あってはならないんだよ」
俺は綾女の両肩に手を置く。じっと目線を合わせて瞳を見つめた。
「雄一ありがとう。そうしてくれるなら、わたしも嬉しい」
俺は綾女を抱き寄せた。絶対にもう手放したりはしない。
「あのさ、お取り込み中悪いんだけどさ、ラブシーンはみんな見ていいの?」
俺は綾女を離した。綾女も大きく離れる。
「話はついたようだし、行くぞ」
川上が奥の部屋に誘う。扉を開けて驚いた。スタジオの設備が全て揃っていた。防音も完璧なのだろう。楽器が並んでいた。
「今日はデートの予定だったから、ドラマーは呼んでないが、俺でも演奏できるから教えてやる。どんな風に演奏するのか、聞いてみなければ、分からないだろう」
川上はドラムに座って、演奏を始める。不満そうに綾女が近づいてきた。
「わたし、演奏したい」
「だから、我流じゃダメなんだよ。お前は上手いけど参考にならん」
「えー、ひっどーい」
綾女は俺のそばに寄って来て、ピタッとくっついた。腕を回す。あまりに自然すぎて、腕を組まれたこともすぐに気づかなかった。
「おい、そこいちゃつかない」
明らかに不満そうにこっちに視線を向ける。
「ちえっ、つまんないよ」
綾女は俺から手を離して、近くの椅子に座った。
「雄一も立ってたら疲れるから、ここに座わろ」
「あっ、ああ」
俺は緊張した面持ちで綾女の横の椅子に座る。川上は俺と綾女を交互に見たのちにスティックを持ち、ドラムを叩く。
手でハイハット、スネアドラム、足にバスドラム、身体がバラバラの動きで叩いていく。正直かなりカッコいい。川上は何をやらせても完璧だった。叩く速度もかなり速い。
「孤独な〜、ふりをしてるの」
綾女が歌い出す。ドラムだけでわかるの、マヂですげえ。
「何故、だろ〜気になっていた」
ドラムの音だけでは分からなかったが、綾女が歌ってくれたおかげで繋がってくる。届かない恋のドラム部分を叩いているのだ。
「気づけば〜、いつの前〜にか」
トトンタタタンというドラムと歌が合わさる。歌を合わせてみるとドラムの重要性が分かる。ドラムなんか意識したことすらなかった。最後まで叩いた川上はこっちを見る。
「これはテンポも遅い。練習するにはちょうどいい。この曲から教えてやる」
川上は、俺にスティックを渡してくる。
「がんばれ!」
綾女が嬉しそうに
「おい、歌と合ってない。ちゃんと合わせろ」
これを曲に合わせて叩かないとならないのだ。考えるだけで大変だった。
「大丈夫、ここ自由に使っていいからさ。わたしも歌を歌ってあわせてあげるよ。ここなら、ドラム叩いても外に漏れないしね」
「頭の中で叩くリズムを意識しろ。それとこれが楽譜だ。ドラムの楽譜は簡単だから、来週までにこれを見ないで叩けるようになれ」
川上の教え方は本格的だが、スパルタだった。綾女が不満の声をあげる。
「このくらい叩けないで、夏までに間に合うかよ。とりあえず時間のある時は、ドラムのことだけ考えろ。分かったな」
「はい、分かりました」
時間までドラムのことを2人に教わった。演奏に関しては綾女も真剣だ。川上のスパルタと違い凄く優しく丁寧に教えてくれた。
「おっ、そろそろ時間だな。俺たちちょっと男同士話す約束があったんだ。ちょっと出かけてくるから」
「えー! 聞いてないよ、それ」
「お前のことも色々とフォローしとくからさ」
「ちぇっ、まあ、雄一がいいなら、いいけどね。それとさ、雄一」
俺の方に目線を合わせる。お互いの唇が触れ合うすぐのところまで近づいた。近いって。
「いつから、一緒に住む?」
「おい、綾女誤解を生むような言い方しない」
綾女をここに一人で置いていたくない。ただ、今日は里帆を助けないとならない。
「明後日からでいいかな?」
「うん、じゃあ用意しとくね」
嬉しそうにはにかんだ。
今日はこれから川上と出かける。里帆を助けないとならないのだ。聖人に依存している里帆に現実を知らせることになる。嫌がるかもしれないが、もうそんなことを言っている時ではないのだ。絶対、撮影はさせない。
「じゃあ、行ってくるから」
俺は綾女に手を振り川上と一緒に出かけた。
――――
次回は里帆救出?
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