第41話 キスの後
「ねえ、雄一」
「どうした?」
「わたし、なんか火照ってきたよ。服脱いだ方がいいかな」
「いや、熱くないし、脱がなくていい」
今日の綾女はなんか変だ。いつもならばエ○チしたいと言っても冗談のようなもので、笑って終わるのに、今日は終わらない。
「わたし、魅力ないかな?」
唾をごくりと飲み込む。
「魅力的に決まってるだろ」
「じゃあ、雄一は、何故抱いてくれないの、わたし雄一の言う通りAV女優やめたよ。他にして欲しいことあったら言ってよ。なんでもするよ、だから、ね……抱いて欲しい」
真剣な表情で上目遣いに見つめてくる。俺は一歩後ずさった。何故俺は逃げてるのだろうか。引っ掛かってるものがそこにはあった。やはり……。
「俺は愛に祝福してもらいたい。それからじゃダメか?」
綾女はため息をついた。予想していた答えだったようだ。瞳をこちらに向けてくる。
「わかった、というかわかってた、かな」
「ありがとう」
「それにしても、少し驚いた。雄一も男の子だから、色仕掛けで落ちると思ってたんだよね」
悪戯っぽく俺を見る。嬉しそうな表情をして。
「雄一、いつまでもこのままなら、気づいたら誰かに取られて、後悔するかも」
「えっ、それは困る!」
即答だ。条件反射と言って良い。綾女が取られるなんて、絶対だめだ。
「あはははっ」
お腹を抱えて思い切り笑った。
「わたしがどれだけ雄一好きか、分かってないのね。もし心の中が覗けたら、わたしの世界にどれだけ雄一が重要か分かるからさ」
「どうして、そんなに好きなの?」
俺も目の前の綾女が大好きだ。誰かに奪われたら、苦しくて死にたくなるくらい。絶対に失いたくない。でも、綾女のそれは俺の好きと違う気がした。
「教えてあげよ、っか。なんで、そんなに雄一が好きになったのか」
「教えて欲しい」
「雄一忘れちゃったんだね」
「なんのことか、分からないんだけど」
「雄一はわたしの初恋の人なんだな」
「大学生になってから初恋したの?」
綾女はそんなわけないない、と手を振った。
「違う違う、小学生の時のことだよ、忘れちゃったのかな」
「あれはね、子供だけのキャンプに参加した時のこと。YMCAというところでバレエを習ってたのね。そこで開催されてた夏のキャンプの申し込みを母が見つけてね。わたしの人見知りを治そうと、子供だけで体験するキャンプに参加させたのよ。その時に雄一が参加してた。むすっとしててね。苦手だなあ、って人見知りだったわたしは思った」
「なんだ、かっこいいとかじゃないのかよ。俺はお前のことちょっと可愛いな、って思ってたぞ」
「覚えてるの? 嘘、雄一、本当に」
「忘れられるわけがない。もっとも、繋がったのは今だけど……」
「なんだー、感動して損した」
「だって、あの時も可愛かったけど、今の綾女、輪にかけて可愛くなってたから」
「お世辞でもうれしいよ」
「お世辞じゃないよ」
「本当、嬉しい、覚えてくれてたのね。それでね。参加したのはよかったのだけれども、わたし当時から胸が結構あってね。男子のいやらしい視線が苦手だったんだよ」
確かに小学生ながらに胸がでかかったよな。俺も見ていたなんて、とても言えない。気づかれなくて良かった。
「で、事件は二日目の夕方に起きた。ペンションに戻ろうと歩いてたら男子に囲まれたのね。バレエの時からずっといやらしい目で見にきてた奴らだった。逃げられなくて、動けなかった。わたしが動けないのを良いことにパンツを脱がそうとして来たのね。小学生ってさ、犯罪感覚ないからね、怖くて震えてた。そしたらね」
完全に思い出した。そう、俺はその時に大怪我を負ったのだった。
「お前ら何してんだよって、雄一が突っ込んで来た。相手が何してんだよって恫喝してくるのを無視して、お前逃げろってね。わたしがオロオロしてると殴ろうとして、手加減なしに殴るぞ、殴られたら痛いぞって叫んだの。雄一が怖くて逃げ出したんだけど、よく考えたら助けてくれたんだって。で、慌てて助けを呼びに行ったんだけども、なかなか大人が見つからなくてね。戻った時には、ボロ雑巾みたいになってた。わたしの裸を見れなかった腹いせで、かなり殴られたみたいだった。その後、親を巻き込んで大騒ぎになったみたいね。バレエも辞めさせられちゃったから、会えなくなってしまった。その日から雄一に一言お礼を言いたくてね。ずっと探してた」
「俺、カッコ悪いじゃねえか」
「ううん、カッコ良かった。本当はあの時にありがとう、大好きって言いたかったけどね。わたしも臆病な性格だったの。結局、会えなくなって伸び伸びになってたわけよ」
綾女はこちらを向いて瞳を近づける。
「雄一、ありがとう。あの日からずっと大好きです」
「俺も可愛いと思ってたんだよ。だから後先考えずに身体が動いちゃったんだよね。まさか、その娘の心の中に残ってたと言うのが嬉しいよ」
「再会した時は嬉しいと同時に辛かった。ずっとこの想いは心の中に隠しておこうと思った。だってわたしはAV落ちしてたからさ」
「落ちなんて思ってないよ」
「ううん、でもね、それを変えたのは裕二くんだった。まさか、雄一とふたりで話せるなんて思わなかったから。そして色々聞いていくうちにキミを助けたいに変わって行ったの」
「俺、聖人とのこと邪魔したよね。結果的にはよかったけども」
「あれは今思い出してもやばかったね。きっと薬漬けで多人数にやられて、わたしどうなっていたか分からないよ。おかげで決心がついた。また、助けてくれたってね。この時、絶対、何を失っても付き合うんだって、本気で思ったんだよ」
綾女は俺にキスをしてきた。長いキスだった。俺は綾女をそっと抱いてあげる。あの時、助けて本当に良かった、と本気で思った。
突然、電話のベルが鳴る。延長しますか、と聞いてきた。
「どうしよっか? 延長、する」
「いや、やめとこう」
正直、今のままでは本気で抱いてしまいそうだ。もはや歌を歌う状況ではなかった。
「雄一が延長したくないなら、それでいいよ」
俺たちは、外に出た。照りつける太陽が眩しい。夏は、もうそこまできていた。
「なあ、嫌じゃなければだけれども、今からドラムの練習できないかな?」
「えーっ、デート中なんですけども……」
不満そうに頬を膨らませる。
「やはり、他にしよっか」
俺が慌てて変更したのを見て綾女は笑い出した。
「あははははっ、雄一おかしい。わたしに気を使わなくていいって。わたしはね」
耳元に顔を近づけて、そっと小さな声で囁いた。
「雄一が行きたいところならば、どこへでも行きたい。雄一とならどこでも楽しいから、ね」
綾女はそれだけ言うと顔を少し離す。瞳が少し潤み、はにかんだ表情で頬が赤くなってた。正直、すごく可愛い。
「綾女、大好きだ」
俺は思い切り抱きついた。
「えと、嬉しいけども、周りの視線が、ね」
慌てて離れる。駅前通り、人がかなり多かった。道行く人々がいろんな視線で俺たちを見ていく。
「行こうか」
「うん」
俺たちは手を繋ぎ何も言わずに、綾女の家に向かった。そう言えば、会って初めて家に行くのだ。心臓がドクンと大きな音をたてた。
―――――
カラオケボックスのその後でした。
ボックスといえばですね
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