第40話 レールガン

「雄一、どこに行くの?」

 

 俺たちは駅前の歩道を歩いていた。右に行けば駅に着く。綾女は電車で目的地に行くつもりで、駅の方に足を向けた。


「綾女、違うよ、こっちだよ」


「えっ、本当に、……いいの?」


 道を左に折れた先には、カラオケボックスがある。目の前の扉を開けた。綾女はきっと歌いたいに違いない。俺も鈴のような歌声を聴きたかった。


「きっと、つまんないよ」


 綾女が不安そうに、上目遣いに俺を見た。


「そんなことない、綾女といると楽しいって」


「どうだろう、みんな楽しそうじゃなかったから」


 いつのことを言ってるのだろう。俺たちは部屋に通され、メニューを渡される。俺はコーラ、綾女は烏龍茶を注文する。川上との約束があったからアルコールは飲めない。綾女もソフトドリンクか。


「ねっ、わたしの好きな曲入れていい?」


「いいよ、入れてよ」


「実はさ、アニソンなんだ」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて俺を見つめてきた。ゲーオタな時点で予想がついてたことだ。見た目と違い結構深いオタクなのかもしれない。俺は綾女が好きなら、ガチオタでも構わないけどね。


「いいよ、入れろ入れろ。今日は思い切り、好きな曲入れろよ」


「引かない?」


「引かない引かない。そもそも俺はアダルト女優に告ってたんだぞ」


「それもそうか」


 一呼吸置いて、息継ぎをした。


「雄一大好き、だよーっ」


 思い切りダイブする。抱きつく。俺と一緒に柔らかいクッションに倒れ込んだ。


 目の前に綾女の瞳。思わず唾を飲み込む。やはり無茶苦茶可愛いよ。美人は飽きると言ったけど、あれは嘘だ。その証拠に俺の心臓は壊れそうに高鳴っていた。俺は深呼吸をする。


「抱きつくのは後にして今日は歌おうな」


「えー、そんなこと言うんだ」


 ここは大人というところを見せておかないと。


「まあ、いっか」


 嬉しそうにリモコンから歌を選んでいく。目の前のテレビに曲名が表示された。


「オンリーマイレールガン?」


「うん、超電磁砲の主題歌。わたし、この曲大好き。カッコいいから。こんな風になれたらいいなあってね」


 何の躊躇ためら いもなく原曲キーを選ぶ。表示される音域が高い。最高難度だ。キーが高すぎる。カラオケにつきあい程度しか来なかった俺は驚かされる。原曲キーのレベル設定ができるのか。プロのキーそのまま歌うモードがあった。


「このキーで歌うのか?」


「うん、CDなどの原曲キー。ライブなどは少し下げてるみたいね」


 歌えるのかなどと聞くのは野暮だ。プロが歌えない曲など選択するわけがない。


 間奏が始まった。アニメは知らないが、カッコいい曲だ。しかし、やはり音程がかなり高い。


「放て、心に刻んだ夢を」


 本気か、これがプロの音域なのか。そりゃ次の曲が入らないわけだ。俺はそっと次の曲を消した。俺が歌ったら、あまりの下手さに驚かれそうだ。


「未来さえ置き去りにして〜」


 歌はあまりにも速く、そして高かった。喉で歌っていたらこのキーは絶対に歌えない。朝練をしていると言ってたっけ。生まれつきの才能もあるだろう。でも、それだけじゃない。この曲が歌えるのは、努力の賜物たまもの だ。


「限界など知らない、意味ない」


 アニソンと言われて、最初感じた軽い気持ちは吹き飛んだ。現実を叩きつけられた。こんなに最近のアニソンって、クオリティ高いのか。


「空に舞うコインが描く、放物線が決める運命」


 この曲を聴いたことはなかったが、これが制作者が意図した歌だと思った。スタジオで録音をしている風にすら思える。そりゃ、この後に誰も歌えないわ。カラオケ好きのレベルなんて、本当に低い。なんちゃって、原曲キーで歌いました。など言って馬鹿騒ぎしていたのが馬鹿らしくなった。


「この能力が光散らす、その先に遥かな想いを」


 一曲歌い切った綾女が嬉しそうに俺を見る。感想を聞きたい、と瞳が語っていた。感想なんて聞かなくてもわかるだろうに……。


「どうだった? アニソンだからつまんないよね。良く分からなくてごめん」


「いや、すげえよ、これ原曲キーだろ。びっくりしたよ。こんな高い曲歌えるんだな」


「わたしはどっちかと言うと高いキーの曲が好きなんだ。川上はね、低いキーの曲が好きだから、いつも対立してる。それとね……」


 綾女はそこで一つ、言葉を切った。


「アニソン歌うな、とよく言われる。ホワイトアルバムの曲歌ったよね。川上が不満だったらしい。わたしはアニソン大好きだからさ」


 これだけ上手ければ、目の前のファンなら、完全に歌声で とりこにできるだろう。俺だってアニソン知らなかったのに、綾女の歌声に心を奪われた。やっぱりプロの歌声は凄い。


「で、雄一は歌わないの?」


「俺にこの後歌えと言うのか、それこそ罰ゲームじゃねえか」


「みんな、嫌がるのよね。わたしだけ歌ってたら、損するのにね。いつもは割り勘なのに。それにね、上手さなんて、わたしどうでもいいけどな」


 それは綾女が上手いから言えるのだ。少なくともこの歌の後に入れる気にはとてもなれなかった。綾女は嬉しそうに数曲歌う。アニソンでなければ俺も知っている曲が多い。やはり、原曲通りだった。高い曲も低い曲も本人が目の前で歌っているかのように完璧だった。点数も高得点を叩き出す。


「100点なんて本当に出るんだな」


「うん、完璧にキーどおり歌えば出るよ。上手くてもオリジナルだと悲惨なことになるけどね」


 嬉しそうに歌った。本当に歌が好きなんだな。


「一曲だけでも歌って。上手くなくてもいいから。雄一の歌が聴きたい」


 俺は何度も断ったが綾女は頑なに歌わせようとした。仕方がないので、一番歌えそうな曲を入れる。きらりだ、キーも高くないから音域は俺でも問題ない。綾女の歌を聞いた後だから、かなり見劣ってしまうが、なんとか歌い切った。


「うまい、うまい……」


 嬉しそうに手を叩いた。いや、普通にカラオケでいくらでもいるレベルだよ。綾女に褒められるようなことは絶対なかった。


「そんなことないだろ」


「楽しければ、いんだよ。カッコいいしね」


 嬉しそうに俺に近づいた。


「じゃあさ、歌ってくれたご褒美に、そのね。エ○チしよ、か」


「しねえって、キスくらいならいいけどよ」


「雄一……っ、大好き」


 綾女は俺に抱きついてくる。だから胸がやばいって。流石にFカップは伊達じゃない。 


「あー今、雄一エ○チなこと考えたでしょ」


 嬉しそうに俺を見て悪戯ぽく言ってくる。いつも揶揄 からかわれていることだった。


「そうだよ」


 だから、今回は立ち向かってみることにした。


「あー、認めたよー」


 ここで逃げたら揶揄われたままだ。それはそれでいいのだが、今回は変に意識した。


「じゃあさ、はい」


「はい?」


 綾女は瞳を閉じる。顔を突き出してくる。


「仕方ねえなあ」


 俺は綾女の唇に俺の唇を重ねた。これから、綾女に追いつかなければならない。人気が上がっていくことは間違いない。綾女に一歩でも近づかないとならないのだ。それがどれだけ大変か、その時の俺にはまだ分かってはいなかった。


―――――


アニソン、ゲーオタ。見えてきましたね、何が………笑


今後とも綾女をよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る