第38話 俺がドラマー?

 綾女はオリジナル1曲を含め、全10曲歌いあげた。偶然、会場に立ち寄った人も含めて、大勢の人が集まっていた。全員が夢を見ているようや表情をしていた。


「アンコール、アンコール」


 ファンの一人が声を上げた。


 別のファンも声を上げる。やがて会場はアンコールの合唱で包まれた。


「これが本当に今日、最後の曲。聴いてください」


 綾女は、アンコール曲も用意してきたんだろう。残り一曲を歌いあげた。インディーズデビューとすれば最高のスタートと言って良い。最後に綾女が頭を下げる。ゆっくりと幕が締まっていく。


「雄一行くよ、きっと綾女が待ってる」


 俺は玲奈と共にステージの中に入った。楽器を片付けていた綾女と目が合う。涙を流していた。苦労の末にここまで来たんだ。一歩、また一歩と俺の方に綾女が歩いてくる。俺の目の前まで来ると頭を下げた。


「嘘、……ついてごめんなさい」


 俺は綾女をぎゅっと抱きしめた。ライブの衣装は黒のパーカーにピンクの超ミニスカートだった。綾女は柔らかく、いい匂いがした。スカート丈が短く、パンツが見えそうだ。


「おめでとう。綾女凄いよ。俺、綾女が抱かれると思ってたから正直苦しくて、辛くて……」


 綾女も俺を抱く。強く、強く少し痛いくらいだった。


「本当にごめんなさい、雄一が苦しんでるの知ってた。本当は違うんだよ、って言いたかった。でも、驚いて欲しかった。わたしたち凄いんだよ、って知って欲しかった」


「うん、凄かった。びっくりしたよ」


 いつの間に横に来たのか川上が俺の肩に手を置いた。俺は綾女から少し離れる。少し残念そうに綾女は俺を見た。


「強くなれよ、お前が綾女の横に立ってもおかしくないくらいの男になれ。誰にも文句が言われないような、な」


「川上さんですよね、あの有名ロックバンドの」


「過去の話なんてどうでもいいんだ。俺たちは今日スタートしたんだ。雄一も他人事じゃねえぞ。これからは手伝ってもらうからな」


「でね、提案があるんだ」


 綾女が嬉しそうに俺を見てくる。少しいたずらっぽい表情をした。


「今、わたしたちギターとベース、そしてボーカルは決まってるんだけどね。ドラムが決まってないの。今日は川上さんの友達に来てもらったんだけどね。でね、雄一にはドラムをやって欲しいの」


 こんな凄いバンドのドラムなんて、俺が務まるんだろうか。音楽なんて今までやったことなかった、と言うのに。


「わたしね、ドラムなら練習してたから、教えれると思う。家に楽器あるし……」


「お前の素人ドラムじゃ、変な癖がついちまうよ。俺がいいドラマーを連れて来るからさ」


 川上がニッコリと笑う。スケジュールとしては夏のライブまでに一曲仕上げろ、と言われた。綾女の隣に立ってもおかしくない、と言うのはバンドメンバーになることだった。


 圭一が近づいてきて、笑いながら俺の肩を叩いた。


「頑張れよ、綾女がどうしても一緒にいたいと聞かなくてよ。もうバンドメンバーにしちゃえば、って俺が言ったんだよね」


「これから忙しくなるぞ。寝る時間と学校行く時間以外は全てドラムの練習にあててもいいくらいだ」


「それは嫌だよー、わたしはもっとイチャイチャしたいな」


「お前、足引っ張るつもりかよ」


「引っ張らないよーっ、愛は雄一を救うんだよ」


「それ、地球を救うだろ、お前が一緒にいたいだけじゃねえか」


 玲奈が綾女のそばに行って後ろから抱きついた。


「綾女、やっぱり凄い。鳥肌立ったよ。本当、最高のバンドになりそうだ。でね……」


 一呼吸置いて、嬉しそうに。


「打ち上げ行くよ、今日は飲み明かすぞー」


「お前、飲みたいだけじゃねえか」


「違うよ、綾女のマネージャーとして、こんなに嬉しいことないよ」


「今日くらいいいかな。雄一も参加しろよ。もっとも綾女が離さないか」


「そんな言い方ないですよ。ね、雄一一緒に行こ」


 もちろん行かないなんて選択肢は、あるわけもない。俺は喜んで頷いた。


 機材は業者に委託していたのか、片付けると機材を引き取って行った。俺たちは近くの居酒屋に移動する。玲奈が部屋を一室貸し切っていたらしい。


「雄一、寂しかったよー」


「ほら、そこいちゃつかない」


「なんでよ、雄一はいいよね」


 酒が入る前から隣の綾女は、もうずいぶん飲んでるようだった。今まで言えなかったことが言えたことが嬉しかったんだろう。


「俺は綾女のこと好きだから、近くにいてくれた方が、嬉しいけども」


 周りを見渡す。生暖かく見守っている圭一と川上のことを気にしてる玲奈。川上は呆れていた。


「ほら、酒飲むぞ」


 川上は持ってきたビールを飲み干した。怒ってはいなかった。不機嫌そうだが、少し嬉しそうにも見えた。


「川上が文句言わないなら、わたしはいいけどね」


「やったぁ」


 綾女が俺に思い切り抱きついた。ステージ衣装のままだから、スカート丈が短い。どうしても目がそこに行ってしまう。


「ねえ、雄一、くん」


 色っぽい表情で悪戯ぽく俺を見つめる。


「見たい?」


「はい? 何を」


 俺の視線がバレバレなのは、もともと鋭い綾女でなくてもわかる。それくらいガン見をしていた。気づいて慌てて視線を逸らす。


「お前なあ、少しは紳士に振る舞えないか」


「川上さんがそれ言うー?」


 玲奈が嬉しそうに川上に近づいた。短い時間の間に結構飲んでいたような。完全に酔ってる目をしてた。


「俺、お前のこと絶対大切にするからさ。俺と結婚してくれ、頼む」


 川上のモノマネ風に顔を近づけてささや くように言った。


「お前、優奈から聞いたのか、それ」


「赤くなった、赤くなった」


「うるせえよ、少なくとも俺は女のスカートの中を覗き見たりはしない」


「それはさ、いいんじゃない。綾女ちゃんもいいって思ってるんだから、だよね」


「わたしは、見たいなら見せてあげるよ、ここじゃ、みんなが居るから、ついてきて」


「ついて行かないよ、それじゃあ痴女じゃねえか」


「面白い、面白い、バンドじゃなくて夫婦めおとら 漫才もいいかもね」


 川上の隣で玲奈が笑ってる。みんなとても嬉しそうだった。


「さてと、今日の金勘定でもするかね」


「お前、金取ってたんかよ」


「当たり前だよ、後ろの席は1500円。前の席は2000円ね、安いでしょう」


「聞いてねえよ、それ」


「今のチーム、赤字なんよ。分かってるでしょう。これからは綾女もね、そっちの仕事は辞めるし、バンドだけが収入源なんだよ」


 スマホを取り出した。今日のライブ映像が流れていた。


「これも収入源だよ、凄いアクセス数だよ。きっと人気でるね」


「お前、いつの間に収益化してんだよ」


「今日に合わせてしてたのよ。ライブ宣伝にも役に立ったんだよ」


 気づいたら、綾女の名前でアクセス数が凄いことになってた。玲奈って実は凄腕マネージャーなんだ、と思った。


「雄一、ちょっといいか」


「俺はいいですけども」


 チラッと綾女を見る。俺にぎゅっと抱きついた。


「雄一は渡さない!」


「取らない取らない欲しくもない、ちょっと外で話したいことあるんだよ」


「わたしがいたら、ダメ?」


「ダメだね、ドラムのこととか色々とな」


「わかった、すぐ返してね」


 いつの間にか俺は、綾女の所有物になっていた。綾女ならいいかな、と思った。


 居酒屋から外に出る。もう外は夕焼けの紅に染まっていた。今日の俺の心を表すような澄み切ったオレンジ色の空だった。


「雄一、実はな。月曜日のことなんだ

が……」


 月曜日と言えば里帆の撮影に乗り込む日だ。俺は唇を噛み締めた。絶対助けたい。


「あれさ、嘘なんだよ」


「えっ? 撮影が嘘?」


「な、わけあるか。撮影は行われる。月曜日が嘘なんだ」


 川上は空を見上げた。表情は夕焼けに染まって、よく見えなかった。


「本当はさ、俺一人で解決しようと思ったんだ。綾女はこれから人気になって行かないとならない。こんなところで立ち止まっていたらダメなんだよ。他のメンバーはいいやつだからさ。きっと嘘はつけない。俺が一人で行くことを止める」


 川上は一呼吸置いた。


「お前を男と見込んで、俺と約束してくれ」


「はい」


 理由なんて何でも良かった。あの川上が俺を男と見込んで話すのだ。俺は男にならないとならないと強く唇を噛み締めた。


「綾女やメンバーには内緒にしていてくれよな。実はさ、撮影は明日の21時に雑居ビルで行われる。お前も俺と一緒に来てくれないか」


 川上はずっと心に留めていたのだ。それを俺だけに話す。そのことがとても嬉しかった。


「分かりました。21時前に秋葉原の雑居ビルにいます」


「遅れんなよ」


「なぜ、俺なんかにそんな大事なことを話してくれたのですか」


「何でだろうな。俺さ、お前のこと気になってな。似てるよ、お前と綾女」


 嬉しそうな表情で俺を見て来る。


「絶対、手放すんじゃねえぞ。ここまで来たんだ。俺がこんなに邪魔したのにさ。綾女を諦めたら、殺すからな」


 冗談の中に本気を見て、身震いをした。その表情が何故か優しくも感じた。


「絶対、綾女の手を手放したりしません」


 俺は絶対、綾女を諦めたりしない。これから何があっても……。



―――――


長くなりました。

雄一くん、男を見せる時です。


良かったら、星入れてくれると嬉しいかも。


いつも読んでいただきありがとうございました。

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