第34話 綾女と共に

「雄一ダメだよ。連れていけない」


「何故だよ!」


「わたしたちと違うんだよ。雄一には失うものが多すぎる」


「綾女だって……」


「芸能界に戻るには、聖人たちと戦うことは絶対なんだよ。準備は出来ている。里帆ちゃんを助けることは雄一のためもあるけれど、聖人を倒す千載一遇のチャンスでもあるんだよ」


 綾女はそれだけ言うと一息つく。真剣な表情を少し崩して優しそうな表情で呟くように言った。


「ね、ここで待ってて。きっと里帆ちゃんを助けるから」


「いやだ、ついて行く。それに今は打ち合わせするだけだろ。俺が行っても……」


「日時と場所は絶対に秘密なんだよ。LINEで書けないほどにね。もし行くのであれば、当日に同行しないなんて有り得ない」


「女の子を危険ところに向かわせて、待つことなんで俺は出来ないんだよ」


 綾女は俺の瞳を覗き込むようにじっと見ていた。無音の世界で時計の針の音だけが聞こえていた。目の前の綾女は苦悶の表情を浮かべている。空白の時間が10分くらい続いた。綾女の視線が少し緩む。


「後戻りは、できないからね」


 綾女は俺と共に一階に降り、家の扉を閉めると、走り出した。俺もその後を追う。


「で、どこなんだ?」

「まだ、わからない、とりあえず事務所に集合だって」


 俺は綾女の隣を一緒に走っていた。日時や内容は事務所で話すと、川上からのLINEに記載されていたらしい。本当に止めることができるのだろうか。


「不法侵入で捕まったりしないか?」


「大丈夫だと思う。あいつらも非合法なことやってるからね。警察沙汰にしたら、自分でリスクを背負い込むことになりかねないからね」


 ヤクザと絡みがあると書かれていた。本当であれば、身の危険を考えないといけない。


「勝てるかな?」


 綾女はこちらを見てニッコリと笑った。


「あのふたりが、どれだけ強いか見せてあげるね」


「俺だって、いざとなれば綾女を守るくらいは頑張れるよ」


「ありがと。王子様」


 ニッコリと微笑んではにかんだ表情をこちらに向けて走る。その姿には余裕があった。普段運動をしない俺はやがて息が切れてくる。


「雄一、少し休もうか」


「綾女、息が上がってないだろ。俺だって大丈夫だよ」


「嘘つき、そんなに息が上がってたら気づかないわけがないよ」


 綾女は俺の後ろから抱きついた。


「嬉しいよ。でも無理はしないで、わたしを助けてくれる男は、雄一を含めて3人もいる。でも、わたしが好きなのは雄一だけだよ。どんなに強くても、雄一以外はもう好きになれない」


「綾女、ありがとう」


「だからね、少し歩いていこう。辛そうな顔をして無理してるのわかってるから。そんな無理は今はいらない」


 俺は座り込んだ。息が途切れていた。呼吸が荒い。なかなか落ち着かなかった。


「綾女はすごいな。どうして息を切らさずに走れるんだ」


「毎日、特訓してるから」


「あんなに朝早いのに」


「そうだよ、走り込みをしたり、基礎運動をしてるんだよ」


 綾女は俺を公園に誘った。ブランコに乗って楽しそうに漕ぐ。スカートの丈が短いのか、白いものがちらりと見えた。


「綾女、ちょっと止まって」


「どうしたの?」


 綾女はブランコをゆっくり止めて、期待を含んだ表情をした。顔を近づけくる。


「いや、そうじゃなくて、スカート丈が短いからさ」


 俺がそれだけ言うと、暫く視線をスカートに向けて、慌ててブランコから降りてスカートに手を当てた。


「雄一くんの、エ○チ」


 嬉しそうに顔を赤らめ、抱きついてきた。耳元に口を近づける。


「ミニスカから、チラッと見えるのって男子はどう感じるのかな?」


 パンツ以前に抱きつかれて思い切り胸を押しつけられてるので、我慢も限界に達しそうだった。


「健全な男の子の証拠だね」


 綾女の方をちょっとみると俺の下腹部に興味ある視線を向けている。


「あっ……」


 綾女は俺の方を向いて、色っぽく笑った。


「手で触ってあげようか?」


「だから、……今は駄目だよ、と言うか公園でやばいよ」


 周りに意識を移す。夕方の公園には、人は少ないが、数人の親子連れがいた。綾女の気持ちの昂りが急速に静まっていくのが表情から見てとれた。


「周りを意識してなかったよ。わたし言ってることおかしいよね。何もしないよ、って言ってるのにね」


 綾女は俺から身体を外した。


「休憩終わり、事務所に行こうか?」


 綾女は俺に手を差し出した。綾女の事務所は公園のすぐ近くだ。


 俺たちは、事務所に向かって歩き出す。俺はもう後戻りはできない。握られた綾女の手を強く握りかえした。


「雄一、君を巻き込んじゃって、ごめんね」


「いいよ、付き合うと決めた時から覚悟はできてたんだ」


 俺は綾女の仲間のような強さはない。でも里帆に対してであれば、何か役に立つこともあるはずだ。綾女の力になりたい。助けられてばかりじゃなく、助ける存在になりたい、と強く思った。


 雑居ビルの2階に綾女たちの事務所があった。俺が中に入ると、玲奈がいた。


「えー、また川上怒るよ。なんで綾女、連れてくるのよ!」


 玲奈は困った表情をしていた。確かにそうだ。前回と同じく川上は綾女と揉めるに決まっている。強くもない俺が今回のことで足を引っ張る可能性は否定できないのだ。しかし、里帆に関しては俺が一番よく知っている。助けるためには、俺がいないときっと無理だという確信もあった。


「わたしにとっては彼なしでは考えられないから……」


「無理だよ、素人に何ができんのさ」


「俺は喧嘩に関しては素人だ。でも、里帆のことは一番よく知ってる。安心して、もしものことがあれば、迷うことなく切ってくれていいから」


「あなた馬鹿ね、綾女がそんなことできるわけないでしょう!」


 玲奈はそれだけ言うと、綾女に向かって本当にいいのと聞いていた。綾女の真剣な眼差しを見た玲奈はこちらに振り返る。


「川上は愛ちゃんを家に送り届けたら、すぐ来ると言ってたから、ちょっとお茶しとこうか」


 玲奈がコーヒーを机に置いて行く。揺れるコーヒーの水面には、俺の顔が写っていた。逃げない、絶対に。俺は気持ちを奮い立たせた。




雄一くんも頑張ります。


さてどうなるんでしょうか。

いつも応援ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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