第30話 自宅にて

「で、川上さん、綾女さんってどういう人なのですか?」


 わたしは、家に着くと川上をリビングにあげた。今まで自宅に男の子をあげたことはなかった。川上は彼女もいるし、押し倒されることはないと思ったからだ。女が男を家に上げるとエッチをしていいと勘違いする男性もいる。わたしは本来、男性を家に上げるなんてあり得ないのだ。


 イケメンだからなのか。目の前の川上にはギラついた必死さがない。自然体なのだ。帰宅途中、何人もの女たちがわたしを羨ましそうに見ていった。お兄ちゃんと歩いていても、殆ど見ない光景だ。カッコいいのはわたしの主観だけではないのだろう。


 わたしはコーヒーをふたり分用意して、テーブルに置いた。部屋にいれたら、何が起きてもおかしくないと思ったからだ。いや、正確には部屋に入れても何もしないだろう。女としてがっかりしたくないと言うのもあった。


「綾女か? 可愛いでしょ、彼女。ちなみに君も結構可愛いけどね」


 にこやかに微笑みながら、わたしをじっと見た。イケメンは何を言っても許されるらしい。心臓が高鳴る。馬鹿かわたし。川上は彼女持ちで、わたしなんか女として見てもいないと言うのに。それに、わたしはお兄ちゃん一筋なのだ。


 わたしは目の前の川上をじっと見る。その笑顔を見て彼女がいてくれて良かった、と僅かに思った。


「可愛いとは思います。でも、AV女優なんですよね。誰とでも寝るとかあり得なくないですか?」


「ありえないかー。君の言う通りだよ。うん、確かにあり得ない」


 コーヒーをゆっくりと飲む。飲む姿だけでも絵になる。川上という男は、きっと女の子に見られて今まで生きてきたんだろう。一挙手一投足全てが完璧だった。


「ですよね。川上さんはなぜ、綾女さんに拘るのですか?」


「俺は綾女に拘ってるのか。確かにそうかもしれないけど、恐らく俺が拘ってるのは、AV女優の綾女ではないね」


 不思議なことを言った。目の前の川上は肩肘を頬につけた。その視線に遠い過去を見てるような気がした。


「綾女は、アイドルだったんだよね」


「アイドル、ですか?」


 あの容姿ならアイドルであることも納得できた。誰が見ても可愛い。AV女優であることの方が不思議なのだ。詳しくは知らないけれども、綾女が女優達の中でも異質なのは分かった。


「なぜ、アイドルを辞めて、アダルト女優の世界に?」


「口止めされてるんだよねえ。痛いとこ聞いてくるね。まあ、大人の世界では色々あるんだよ。雄一が綾女と付き合って行くと言うのならばきっと知ることになるけどね」


 言葉を切って、わたしの瞳をじっと覗き込んできた。まるで、わたしの心を鷲掴みにするように微笑みながら。


「君の気持ちもわかるんだよ。たしかに君の言う通り綾女と雄一が付き合うのは難しい。むしろ辞めといた方がいいと思う」


「川上さんはなぜ、そう思うのですか?」


「ふたりはあまりにも価値観が違いすぎるんだよ。綾女の価値観は、仕事第一主義さ。もちろんAVじゃないよ。自分を裏切った相手を見返して返り咲いてやると思ってる。そのためならば、何だってするんだ。俺はそこに惚れたし、綾女ならできると思うから、あの娘に協力してる」


 川上は嬉しそうに話す。恐らく彼は今の綾女ではなく、アイドルだった頃の綾女を見ているのだろう。聖人を敵視してることから見ても、やり返す相手は聖人とその奥にいる誰かなのかもしれない。


「お兄ちゃんとは、価値観が全く違いますよね」


 わたしはコーヒーを一口飲んだ。この恋愛上手くいきそうにないな、とも思う。


「うん、雄一くんは普通の男の子なんだ。だから、綾女が雄一くんを連れて来た時に驚いた。綾女には熱烈なファンもいるから、選ぶならその誰かだと思ってた。価値観も普通だし、女性に対する恋愛観も普通だ。恐らくその普通さが、彼を苦しめ、追い込むと思う」


 わたしも普通の人間だからわかる。DVDを見て、彼女の全てだと思ったから嫌悪感を持った。綾女の事情なんて考えてもいなかった。わたしとお兄ちゃんは価値観が似てるから、わかる。きっとこの恋は辛い恋になると思った。


「綾女を救ってくれないか? 君が雄一を惚れさせたら、きっと綾女は目を覚ます。色々考えたけど、この恋は無理なんだ。実の妹にお願いするのもおかしいけどね」


「でも、そんなの不可能ですよ。お兄ちゃんと事実婚なんて。ありえなくないですか」


「ありえるよ。君が知らないだけさ。事実婚がどれだけ多いか。もちろん兄妹とは限らないけどね」


「でもお兄ちゃんの価値観はそうじゃない」


「だから、俺が応援するってね」


 不思議な男だと思う。綾女に言われてボディガードをしているのに、綾女の意志と真逆の行動をしてるのだ。


「綾女さんは、もしわたしがお兄ちゃんを奪ったら怒らないですか?」


「怒らないね。きっと綾女も内心は誰か自分よりも愛してくれる人がいたら、奪ってほしいと思ってるんだよ。もちろん、人である前に綾女は女だから、雄一との幸せな未来を夢見てるんだけどね」


「その未来は難しいですか?」


「不可能だね。きっと綾女が成功すればするほどに、雄一を苦しめることになるさ」


 川上はそれだけ言うと席を立ち、わたしの方に近づき、耳元で囁きかける。


「きみがお兄ちゃん大好きなの知ってる。君の願い、叶えてあげるよ」


 嬉しそうに微笑んだ。わたし、お兄ちゃん好きになっていいんだ。わたしはその言葉が嬉しかった。



――――


いやあ、川上何考えてるんでしょう。愛ちゃんのライバル宣言も近そうですね


なんかえらい方向に進んでますね。


一筋縄で行きそうにないですわ。


 

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