第28話 愛の想い
(愛視点)
朝から最悪な気分だった。昨日のことが頭によぎって離れない。信じていただけに、苦しかった。DVDに出演しているのが、綾女さん―お姉ちゃんだと言うのが、信じられなかった。
昨日、見ないと分からない、とわたしは、DVDを再生機に突っ込んだのだ。最初は穏やかな会話のシーンから始まった。でも、それは初めだけだった。途中から言葉責めにあい、明らかに目の前の綾女は当惑していた。そこから、想像通り男性と絡んでいった。視線と視線が絡みあい、やがてキスをする。
糸が伸びるくらい激しいキスが続き、やがて男の手が綾女の下腹部に伸びる。下着がアップになった。愛は唾を飲み込んだ。男性を喜ばせるための映像だと言うのは分かる。頭ではわかってはいるのだが。目の前の綾女は卑猥な声をあげていた。本当に感じているの?
分からなかったが見ていて気持ち悪くなってきた。好きな相手に愛されて声を出すのは理解はできる。気持ちよくなくても、声をあげてあげたいと思うのが女だ。しかし、目の前の相手は間違いなく初めて会った相手なのだ。演技なのだろうか、演技だとしても女として許されない行為だと思う。
呆然としながら、DVDを取り出して電源を切った。動画を見れば間違いなかった。信じられない。なぜDVDに出演してるのだろう。そして、なぜ知らない男の前であんな声があげられるのだろうか。
お兄ちゃんは知ってるのだろうか。知らないならば教えてあげないといけない。DVDをベッドに置いて、騙されてると信じた。
扉を開けて確認した。お兄ちゃんがパッケージを見た時の表情を見て悟ってしまった。全てを理解した顔だった。お兄ちゃんもあの女が売女だと言うことを知っていたのだ。
嘘、嘘だよね。知っててわたしのお姉ちゃんの代わりをさせようとした。あまりに悔しくて、吐きそうだった。信じていたのに裏切られた。見てしまった映像に後悔をした。同じ女として、自分なら知らない男にあんな色目を使ったり、よがったりはしない。してはならないと教えられて来た。
昨日は、遅くまで泣いた。目を閉じると優しい綾女の眼差しを思い出し苦しかった。悪い人にはとても見えなかった。本当のことを聞いてみたかったけれど、聞けるわけもない。ただ、知らない男に身体を許せるあの女が気持ち悪かった。理解もできなかった。
朝はいつも通りご飯を作った。お姉ちゃんとして連れてきたことを許せれなかったけれど、作らないわけには行かなかった。裏切られても、お兄ちゃんが好きと言う気持ちは何も変わらない。どうせなら、取り返したい、と一瞬頭によぎった。その行為を想像して、慌てて否定する。それこそはしたない行為だ。でも、気持ちは止まらない。
前よりも強く愛したいと思った。実妹でなければ、あの女から奪っただろう。あの女はお兄ちゃんに相応しくない。意識的にお兄ちゃんに冷たくなってしまう。本当は抱きしめて、好きだよって言いたかった。あの女からお兄ちゃんを取り返したかった。それができないから、苦しいのだ。わたしは少し早く家を出た。
「愛ちゃん、おはよう。昨日のDVD見てくれたかな」
玄関前に聖人がいた。馴れ馴れしく近づいて来る。一緒に歩きたくなかったので、歩調を早めた。
「連れないなぁ、まあいいか。君があの女の本性を理解してくれて嬉しいよ」
「あんな女とわたしは関係ない!」
わたしは思わず振り返る。
「だよねえ、わかってるよ。それにしても、キミも可愛いね」
いやらしく品定めでもするようにわたしの頭の先から足の先まで肢体を舐め回すように見ていく。最低な男だ。わたしは再び振り返り走り出した。
「ちょっ、持ってよ」
流石に本気で走ったら、わたしには追いつけない。足には小さい頃から自信があった。今でもお兄ちゃんよりもずっと速い。
流石にわたしにまで近づくとかありえない。あの人をダシに近づきたかったのだろうが、わたしはそこまでちょろくない。むしろ、お兄ちゃんとあの女を引き裂かないと、と強く思った。
やはりお兄ちゃんを最後まで愛せるのは、わたしだけだ。里帆に裏切られ、綾女は知らない男に興奮する淫女だ。どちらも相応しくはない。もう、わたししかいない。友達や親戚からは冷たい目で見られてもいい。わたしは、やはりお兄ちゃんが好き。
聖人は普通の男子だったようで、走り出すと距離が離れていき、やがて見えなくなった
別の大学に通っているので、学校までは追いかけてはこなかった。わたしはお兄ちゃんと同じ大学には行けなかったけれども、経済学部にはこだわった。
授業は真剣に受けた。この大学で上位を目指そうと頑張った。
わたしはこの大学には馴染めていない。数人友達はいるが、本当に心を許せる人はいない。言い寄ってくる男はたくさんいた。全て断った。コンパも行ってない。仮初めの恋などいらない。わたしにはお兄ちゃんだけなのだ。あの女に騙されている、お兄ちゃんの目を覚ましてあげないといけない。わたしはもう一度、強く決心した。
大学の授業が終わり、正門のところまで来ると、20代後半くらいの眼鏡の男がいた。
「よっ、今帰りかな」
少女漫画に出てくるような優男で、普通の女ならば声をかけられただけで、付き合いたいと思ってしまうくらいイケメンだった。切れ長の瞳に整った頬。中肉中背で、眼鏡をかけてるから分からないが体格もかなりいい。
なぜ声をかけて来たのか知らないが、わたしは顔でなびく女ではない。基本的にお兄ちゃん一筋なのだ。わたしは目の前の男を無視して、歩き出した。
「つれないなぁ、まあいいけどね」
少し離れて、後ろをついてくる。何が目的なのだろうか。もしかして、聖人と友達なのだろうか。
歩きながらいきなり襲われないか警戒した。女に困っているようには見えないが、変な趣味があるかも知れない。気をつけた方がいい。朝のように走り出してもいいのだが、この男がなぜついて来るのか気にはなかった。万一の時は充分に逃げられる。
駅に行くのに近道をする。人通りは少ないが、いつも通っていたわたしの通学路だった。
「よっ、そこのキミ」
目の前から明らかに軽そうな金髪の男が数人近づいて来た。もちろん無視だ。
「なんでよ、俺たちと楽しいことしようぜ」
表情が明らかに卑猥だった。DVDの映像を思い出す。気分が悪くなった。これは想定外だ。ヤバい、走れないかも。
「あれえ、顔色悪そうだね、じゃあ俺たちとホテルで休憩でも……」
「やめてください」
わたしの声を無視して、男の一人が私の肩に手を回してくる。わたしは手を払いよけようとした。
「なに、するんだよ!」
私の手よりはるかに早く男の手は払いのけられる。
「彼女、嫌がってるだろ」
後ろにいた眼鏡の男が、いつの間にか、わたしの横にいた。本当に少女漫画から出て来たような男だった。
―――――
初めての愛ちゃん視点です。
そうです、お兄ちゃん一筋なのです。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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