第27話 綾女とお弁当

(口だけは威勢がいいな。後で全員奪われて泣き言言ってる姿が目に浮かぶがな)


 俺は講義中も聖人が最後に言った言葉が気になっていた。綾女、愛、里帆、3人の女性を聖人の毒牙から守らないとならない。とてもひとりで出来るとは思えなかった。優先順位からすると、聖人のこだわり方から見て、まずは綾女を守らないといけない。


 スマホが振動した。顔認証でロックを解除する。LINEに綾女の名前が表示された。


(ねえ、お昼休みに中庭で一緒にご飯食べない?)


 綾女が授業そっちのけで俺のことを考えてくれていたことが嬉しかった。


(じゃあ、先にカフェに寄って買って行くから、なに買っとこうか?)


(買わなくていいよ。雄一もね。あのさ、お弁当持って来てるから、ね)


 俺のためにお弁当を作って来てくれたんだ。綾女が彼女になるために努力してくれてることが分かって嬉しかった。


「それじゃあ、講義はここまで」


 教授はそれだけ言うと出て行った。学生たちの声があちこちで飛び交う。


「雄一、昼飯どーする?」


 最近、綾女と一緒に帰るようになったが、昼は裕二と食べていた。


「悪い、今日は弁当あるから」


「お前、珍しいな。妹が作ってくれたのか」


「いや、妹に朝昼晩全部作ってもらうのも悪いから、昼は断ってるんだよ」


 裕二が俺に覆いかぶさってくる。確かに弁当と言った時点でわかるよな。


「俺も購買で適当に買ってくるから、どこで食べているか教えろや」



―――――――



「あ、雄一、こっちだよ!」


「綾女、今日はありがとな。それとさ……」


「綾女さん、お久しぶりです」


 綾女は後ろから出て来た裕二を見て、明らかに不満そうな顔をする。表情からなぜ、連れてくるのと言ってるのがハッキリ見てとれた。


「お久しぶり、ね。裕二くんも来てくれたんだ」


 にこやかに挨拶をしてるが、俺に視線を移すと怒ってるのがよく分かる。分かるよ、つき合って間がないから、ふたりでいたいこともな。


 中庭の丸テーブルに3人で向かい合って座る。俺の隣に綾女、目の前に裕二だ。さすがに俺たちは付き合ってるから、3人横に座ることは考えられない。


「もう、裕二くん来るんだったら先に言ってくれれば良いのに」


 綾女が弁当箱をふたつ鞄から取り出して机に置いた。開けてみるとだし巻き卵、ウインナー、ミートボール、チーズ。ウインナーがタコさんの形になっていて、チーズはハート型に切られて全体に散りばめられていた。チーズの形は大好きと読めた。誰が見ても彼女が作る弁当だった。


 綾女の方を見ると顔を真っ赤にして俯いている。裕二も弁当の中身を見て悟ったのか、さっさと自分のパンを食べコーヒーを飲み干した。


「あっ、俺行かないといけないところあったわ」


「ごめんね、今日は何もできなくて」


「いやいや、俺の方こそ、お邪魔してごめんね」


 それだけ言うと裕二は校舎の方に行ってしまった。


「ごめん、気をつかわせて」


「ほんとよね、彼女が初めて作るはじめての弁当なんだから、気にしてよね。ほんと鈍感なんだから……、裕二くんにも悪いわよ」


「本当だな、埋め合わせをしないと」


「そうね、裕二くんはわたしのファンでもあるし、それに雄一の心許せる友達でしょ。そだな、今度から3人分作るわ」


「それは悪いよ」


「裕二くんがあなたといる月水だけだよ。それ以外は断ってね」


 綾女が俺を上目遣いで見てくる。


「ねえ、もうちょっと近づいていいかな」


「いいと思うよ」


 俺は照れながら、綾女を見た。椅子を移動して、くっつくように座る。綾女は俺にもたれかかった。


「わたし幸せだな、って思う。こんな日が来るなんて思いもしなかったよ」


 綾女が今まで苦労して歩んできたことは間違いなかった。もう梅雨が明けたのか、雲ひとつない青空だった。


「わたし、こー見えて元アイドルなんだよ」


「知ってるよ、裕二に聞いた。あやねんって言ったんだってな」


「なーんだ、知ってたんだ」


 驚くかと思って言ったようで、綾女は不満そうな声をあげた。こー見えてと言うが、隣にいる綾女はどこから見てもアイドルにしか見えない。今の状況がおかしいのだ。


「あの頃に戻りたいなぁ」


 空を見上げて、ずーっと眺めていた。俺は何があったのか聞きたかったが、今はその時ではないような気がした。


「撮影のこと、ごめんね」


 綾女はこちらを向き直り、じっと俺を見る。至近距離で、真剣な表情をしていた。


「仕方がないよ、俺もケジメはつけないとね」


「まあ、そんな感じだね。そうは言ってもね。わたしも恥ずかしいんだよね。そんな姿を知り合いに、しかも、彼氏に見せるなんて……」

 

 いたずらな視線を俺に向けながら、俺の身体に顔を埋めた。多くはなかったが中庭には、数人の人がいた。みんなの視線がこちらに集中したのが、よくわかった。


「癖になったりしてね」


 顔は見えないけれども、表情は見てとれた。それにしても……。


「みんな見てるよ」


「あっ……」


 綾女は立ち上がり、後ろ向きに恥ずかしそうに俯いた。人の視線なんて目に入ってなかったんだな。俺も抱きつかれてから、気づいたのだけれども。


「じゃあ、わたし次の授業あるから、行くね」


 弁当を片付けて、綾女はじゃあ、と手を振り行ってしまった。


 午後の講義は、専門が多くて手は抜けなかったが、集中してると時間が経つのも早かった。


 授業が終わると鞄を手に、俺はモールに向かって走った。綾女を今ひとりにしたくはなかった。中庭を抜けて正門を走り抜けようとした。あれ、噴水のそばに綾女がいる。俺はその姿に立ち止まった。


「おかえり、少し早く終わったの」


 綾女はモール前ではなく、正門前の噴水のところで俺を待っていた。


「どうしたの、いつもモールだったから」


「だって、バレたし、それに雄一は彼氏になってくれたのでしょう。なら彼女らしいことしないとね」


 弁当の時と同じだった。綾女は、はにかんだ表情をした。俺の腕に自分の腕を回して、指の間に自分の指を入れていく。


「恋人繋ぎだね」

 

 嬉しそうに綾女は笑った。今まで見た笑顔の中で一番輝いていた。可愛いと純粋に感じた。


「行こうよ」


「わっ、ねえ、どこに行くの」


「仲間のところだよ。雄一、知ってるよね。打ち上げの時の仲間だよ。ひとりじゃ戦えない。仲間と協力しないとね。そして、あのメンバーがわたしが一番信用できる人たちなんだよ」


 綾女は走り出そうとしたが、足をゆっくりと止め、立ち止まって考えていた。あっ、という声を発した後、振り向きながら呟いた。


「もちろん、一番信頼してるのは雄一。大好きだよ」


 周りの学生たちからの視線が痛い。ただでさえ可愛いんだ。こんな場所で、惚気トークなんてしたら、目立つに決まってる。


「走るよ!」


 綾女はそのまま走り出そうとした。


「いや、無理無理、この格好では走れない」


 腕を組んで、恋人繋ぎ。ここまで密着しているとあまりにも自由がない。二人三脚のような状態なのだ。


「ごめんね、じゃあ……」


 綾女は腕を離して手を差し出して来た。


「これで、我慢するね」


 はにかんだ表情で俺を見つめた。俺は綾女の手を強く握った。


 走りながら綾女が話す。


「さっきの奴ら見た? あの前の黒髪の二人組、そしてその後ろの茶髪、あいつらは聖人の取り巻きだよ」


「聖人の取り巻きってそんなにいるのか」


「わたしも全員知ってるわけじゃないよ」


「もしかして、そのために惚気たのか?」


「あいつらは、わたしを狙っている。でも愛ちゃんも危ないんだよ」


「なるべく多くの関心をわたしに惹かないと」


「愛、襲われたりしないかな?」


「大丈夫、そのために川上を向かわせてる」


「まるで戦争みたいじゃないか」


「みたいじゃないの、これは戦争なのよ!」


「わたしはあいつを後悔させるくらい潰してやる。あいつもあたしを死にたくなるくらい陵辱してくるんだよ。戦争のようなもんだよ」


「だから、巻き込みたくなかった。わたしたちに比べると雄一の家は普通だからね。愛ちゃんも襲われたらひとたまりもない。だから、ごめんね」


 綾女は俺をじっと見つめた。強い視線で俺を見つめてくる。


「わたしは誰にも雄一を渡したくない。だから、雄一も含めてみんな助けようと思ったんだ」



――――――



綾女の過去が少しずつ見えてくる話になって来ます。


今後ともよろしくお願いします。


応援ありがとうございます。


そちらも含めてよろしくお願いします。

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