第26話 再び学校へ

 昨日は、ほとんど寝れなかった。目を瞑ると頭に愛の言葉が浮かんだ。妹の言っていることは正しい。恐らくAVに関与しない女性たちの殆どが同じ意見だと思った。


 俺の考えは、かなり甘かった。綾女が俺の告白を受け入れなかったのも、愛の反応を見た今すごく理解できた。今回は聖人が伝えたが、いつかは話さないとならなかった。嘘をつき通せるわけがなかったのだ。


 俺がリビングに行くと妹がいた。テーブルにはいつものように俺の料理が載っており、横に座っていつものように自分の料理を食べていた。服装は緑の長めのガーデンに白のスカート、黒い長めのタイツだった。


「おはよう、あのごめんな」


「お兄さんおはよ、今は頭がいっぱいで話さない方がいいと思います。なぜ、わたしにあの人を会わせたのかもわかりません。今は何も話したくない。ごめんなさいお兄ちゃん」


 髪をかき上げて、それだけ言うと、愛は自分の食器を洗った。こちらに視線を向ける。


「食べ終わったら、流しにつけといてください。帰ったら、洗いますから……」


 それだけ言うと学校に行ってしまった。俺はひとり自分のご飯を食べた。いつもと同じく美味しかった。こんな時でも普通に作ってくれる。俺は愛に感謝した。


 洗い物をして、乾かすために棚に置いた。今日は一限から授業がある。いつものように受けないとならないのだ。気持ちが重くて、ため息が出てしまった。考えないとならないことが多すぎる。


 二階に上がり鞄を取って、玄関から出ると目の前に綾女がいた。縞模様のブラウスと黒のVネックのワンピースが似合っていた。スカート丈は膝上くらいで長くも短くもなく纏まっていた。


「どうしたの? 浮かない顔して大丈夫かな」


「俺は大丈夫じゃないけれど、まあいい。それより、綾女は良いのか、登校中は……」


「もう、いいんじゃない? 一番バレてはいけない奴にバレてるんだから。隠しても仕方がないよ」


「あまり、心配してないんだな」


「望んではなかったけどね。これは自分が撒いた種だから。自主退学で脅されたら大学辞めるよ」


 綾女は迷うことなく言い放つ。さばさばしているところが綾女らしいと思う。大学受験も大変だっただろう。それを捨てるのは、俺にはとてもできなかった。


「流石は綾女だよな、俺なんかとてもその気持ちになれないよ」


「そんなことないよ、これは強がり。じゃなきゃ、今日もひとりで学校に行ってたよ」


 綾女は悲しそうな表情で、俺の顔をじっと見た。少しはにかんだ顔をした後、その顔はゆっくりと真面目な顔つきに変わった。唇に手を当て、何か考えていた。


「ねえ、愛ちゃんと何かあった?」


 愛の話題が出たことで、俺は昨日のことを思い出した。綾女には言わないでおこうと思っていた。衝撃が強すぎる。


 考えてみれば、言わないことは不可能な事に気づく。知らなければ、愛に会うために綾女が家に来ることだってある。俺がいない時に来たら最悪だ。きっと綾女の事情を知らない愛は、酷いことを言ってしまう。それは想定される最悪のシナリオだった。


「愛に綾女のこと、バレたんだ。聖人がDVDを玄関に置いていった」


「やっぱりね。そんなことかと思ったよ」


 綾女は手をあげ空を仰ぎ見る。驚くこともなく、そう呟く。予想していたことにさえ見えた。


「驚かないんだな」


「人の口に蓋はできないからね。雄一には言わなかったけれども、わたしが雄一のもとに走った時には、予想できた。ごめんね、言わなくて」


 無表情に言い放つ。ただ、瞳には怒りの色が見てとれた。綾女にとって、愛は妹のような存在になっていた。もっと一緒にいたかっただろう。普通の女の子として見てくれる愛は、貴重な存在だった。目に入れても痛くない妹だっただろう。


 綾女は月に複数回男と交わる。恐らくその負担は相当ものだ。


 本来、日本人は貞操観念が強い。それが本人の心に牙を剥く。しかも売れるためにはどうしても過剰な演出をしないとならない。


 この手のDVDは、男を喜ばせるために過剰な演技をする。本来の女性の観念ではなく、むしろ男性的な思考だ。普段は淑女、乱れると娼婦という概念が求められるのだ。


「苦しくないか、その知らない男性と……」


「ないわけないじゃない!」


 馬鹿な質問をしてしまったと思う。当たり前のことだ。


「どうする? やはり別れよっか」


 綾女は前を歩きながら、こちらを振り返って言った。心配そうな表情の中の潤んだ瞳。そうだ、何を馬鹿なことを考えてるんだ。


 俺が綾女を守らないと誰が守るんだ。俺は約束したんだろう。何があっても守るって、あれは嘘だったのか。


「そんなわけないだろ。一緒に行こうぜ。こうなりゃ、どこまででもつきあうよ」


 はっきり言って強がりだ。それでもそう言わなくては、自分を奮い立たせなければ、守られるわけないんだ。


「今日の雄一、かっこいいね」


 嬉しそうに前をスキップする綾女。いつか愛だってわかる時が来るよな。俺はそれを信じて、綾女の後をついて歩いた。


 大学の正門が目の前に見えて来た。学生の本文は勉強だ。


「さあ、今日も勉強がんばろうな」


「どうしたの? 雄一、そんなこと言って」


 綾女は俺の彼女だ。絶対手放したりするものか。俺は綾女の手を強く握った。


「いたっ」


「あ、ごめん痛かった?」


「嘘だよー、ちょっとからかっただけ、雄一が強く手を握ってくれて嬉しかったから……」


 言いながら、俺たちは大学の正門をくぐった。


 校舎に向かおうと正門前の広場を見ると聖人が俺の方を向いていた。待っていたんだと理解する。


「昨日は、妹さんと楽しく過ごせたかな?」


「俺に腹を立てているのなら、俺に言えばいいだろ。何故妹を巻き込む」


「俺は親切心のつもりで言ったのだが、お気に召さなかったかな」


「ふざけるなよ」


「威勢のいいことだな」


 聖人は俺の耳に近づいて、声のトーンを下げた。


「雄一、綾女を譲る気はないか。もし譲ってくれるなら、里帆を返すよ。妹にも手を出さないと誓う」


 俺は聖人の顔を見た。いやらしい表情で、笑っていた。聖人は、綾女になぜそこまで拘るのだろうか。その言葉にはそれ以外にも気になるところがあった。


「お前、愛に何かするんじゃないだろうな」


「だから、言った通りにしてくれれば、何もしないって」


「従わなければ?」


「さあ、やってみたらわかるかもね。俺は最高に怒ってるからね。お前のおかげで綾女で楽しむ計画が振り出しに戻ったのだから……」


 聖人は俺から視線を移し綾女を見た。一歩後ろに下がり俺の影に隠れる。俺を頼ってくれている。それが嬉しかった。


「お前に屈するわけないだろ。綾女も愛も里帆だって守って見せる」


「口だけは威勢がいいな。後で全員奪われて泣き言言ってる姿が目に浮かぶがな」


 聖人は嬉しそうに笑っていた。こいつだけは許せない、その時強く思った。


――――――


 雄一くんは強がりを言ってるけど、状況はあまりよろしくないかもしれません。

 ひとりでは恐らく立ち向かうのは難しそう。


 今後ともよろしくお願いします。

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