第19話 聖人と里帆その後

 雨が止んで、雲の合間から太陽が覗いた木曜日の夕方。俺は最後の授業を終え、校内のベンチに座ってくつろいでいた。こっちに歩いてきた里帆に声をかけられる。


「お久しぶり」


「よっ、聖人とうまくやってるのか」


「多分、大丈夫かな」


 以前と違い浮かない顔をする。見たところ前に比べて、随分と疲れているような気がした。


「何かあったの? 顔色がすぐれないみたいだけど」

 

「綾女ちゃんだっけ、日曜日のこと何か聞いてない? 例えば聖人とデートするとか」


「いや、知らないけども、どうしてそう思ったんだ?」


 日曜日の綾女とのデートが何故、伝わっているのだ。綾女の話はどこにもしていないのに……。


「聖人の友達が言ってきたの。聖人は日曜日から綾女と付き合うから、しばらくは諦めろ、お前のことは俺がもらってやるからって……」


 もう聖人が言っていたことが動き出していることに気がついた。流石に逃げ出すに決まっている。こんな話に乗るわけがない。


「もちろん、本当だったら、その……友だちの話は断るんだよな」


「どうしたらいいと思う。やっぱりおかしいよね。でも、逃げ出せない」


 不安そうな表情をしながらも、チラリと見せる興味のある視線。この短い期間に何があったのだろうか。困惑してるけど逆らえないと言ってるように見えた。


「よっ雄一、元気してたか」


 授業後にここで待ち合わせをしていたのだろう。聖人は俺を見てニッコリと微笑んだ。


 里帆の隣に聖人が立つ。親しげに里帆の肩を抱いた。耳元でささやきかけると、頬を赤らめる。


「もうこの女は、俺の言うことならなんだって従うんだよ」


 聖人の手が里帆の下腹部に行く。スカートの中に手が入るのが見えた。 

 

「うんっ、だめ……」


 里帆は俺が見ているにも関わらず、興奮していた。あり得ないだろ、これは……。昔の里帆とは、別人のようだった。


「驚いたみたいだね。流石に学内ではこれ以上やるわけにはいかないけど、これがこの女の本性さ」


 信じられない光景だった。人はこんなにも変わってしまうものなのか。


「聖人、愛してるよ」

 

 里帆は聖人の顔に手を回して、キスをした。舌と舌が絡み合う濃密なディープキスだった。ふたりの舌が生き物のように動き回るのが見える。暫くして、唇が離れる。唾液だえきが糸のように伸び、すぐに切れた。


 綾女がいなかったら、トラウマになっていただろう。今更ながら、綾女の存在の大きさに気づく。


「里帆、日曜日に綾女をグループに入れようと思ってるんだ。里帆はしばらく清水康彦の彼女になってくれないか。もちろん、俺はお前が好きだけど、ふたり一緒には調○できないから」


「わたし、聖人のモノじゃなくなるのいやだ」


「大丈夫だよ、里帆も綾女も俺のモノだからな」


 見ていて吐き気がしそうな光景だった。聖人はこれを見せて、里帆が自分の言いなりになったことを強調したかったに違いない。里帆を見て満足そうに、こちらに向き直る。残忍な微笑みを隠しもしない。その表情から、俺を馬鹿にしているのがよく分かった。


――――


 帰りに綾女に里帆が変わってしまったと伝えた。


「里帆さん、そこまで調○されてるのね」


「正直、信じられないよ」


「そんな不思議なことじゃないわ。今まで我慢してきた分、反動が出たんだと思う」


 俺が我慢をさせて来たのだろうか。清楚な女性だと思ってたのに。驚くと同時に女のさがを見たような気がした。


「雄一のせいじゃないよ。里帆さんだって普通の女の子よ。酷いのは聖人だからね。でも、人前で触れられても嫌がらないのであれば、里帆さんは正直諦めた方がいい。恐らくもう聖人の言いなりになってる。どんな酷いことをされたのか分からないけれど、それだけ言いなりになると言うことは、相当だね」


「正直、何年も付き合ったから情がないわけじゃない。やはり辛いよ」


「相手が悪かったのよ。わたしの母親も骨抜きにされてたから……」


「聖人の父親の方にね。随分と酷いことをされたと思う。わたしにも手を出そうとしてきた。その時、母親が守ってくれた。信じられなかったよ、堕ちるところまで堕ちてたから、喜んで差し出すのかと思った……」


 過去のことを思い出しているのか、綾女はここにいるのに、どこか知らない遠くを見ているようだった。


「聖人は親の血を引いてるの。女を自由に操れると思ってるわ。そのために親に色々と教えられたみたいね。だから里帆ちゃんを思い通りにするのなんて簡単だったんだと思うよ」


「やはり、日曜日には聖人と、そのホテルに行くのか」


「勘違いしないで。わたしはアイツに何されても堕ちることはない。それよりも証拠を集めて、絶対二度と立ち上がれないようにしなければならないのよ」


「考えるだけで辛いよ」


 綾女は俺の手を取った。ぎゅっと握ってくれる。


「本当は君をこんなことに巻き込みたくはない。でも、今日見たでしょう。あんなやつを野放しに出来るわけがないのよ。聖人の親がいまだに芸能界に居座っていることもね」


 綾女が今までどのように感じ、何を信じて生きて来たのか、あまりにも知らない。客観的な事実だけが積み重なっていく。芸能界ってなんのことだ。


「今の話は忘れて……。聖人は別として親の話は公にはできないの」


 綾女の顔が怒りで震えているのが分かった。


「そう言えばさ、明日昼から会えないかな」


 俺は金曜日は一般教養を二つ入れていた。確か、雄二が受けていたはずだ。後で電話しておこう。悪いけれど、代返とノートを頼もうと思った。


「大丈夫だと思う。いつものモールに12時半でどうかな」


「うん、ありがとう無理言っちゃったね。デート楽しみにしてるね」


 嬉しそうにこちらを振り向いた。あれ、俺振られたはずだよな。


「えっ、デート」


「そんなこと言ったっけ?」


「聞き間違えかな?」


「どうだろうね。じゃあね、わたしこっちだから」


 いたずらっぽい表情をした。立ち止まらずに別れ道を歩いていく。俺は別れ道で立ち止まって綾女の後ろ姿を見送る。期待をしてもいいのかな、明日のことを楽しみにしている自分がいた。


―――――


 あしたはデートになりました。

 それは良いのですが、これからどうなるのやら。


 いつも応援ありがとうございます。

 今後ともよろしくお願いします。

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