第17話 綾女の告白
「お兄ちゃん、どうしたの?」
時計を見ると23時、かなり遅い時間だった。妹と距離を取るために家を出て行こうとしている、と思われても仕方がない。
理由を説明しないと絶対納得しないと愛の瞳が語っていた。
「出て行かないで」
俺に抱きついてきた。勘違いされているのは間違いなかった。タイミングが悪い。
「たったひとりの肉親の、それも可愛い妹を置いて出ていくわけないだろ」
俺は妹の頭を撫でてやる。
「綾女さんと話をしてくる。今朝、偶然男といるところを見たんだ。つきあっている訳じゃ無いけど、ハッキリとさせておきたい」
「お兄ちゃん、綾女さんは絶対そんなことしないよ。会って、話し合ったらきっと勘違いだったとわかるはず」
俺は傘をとり外へ出た。止むことのない雨が今も降り続いていた。分岐前まで来ると綾女が赤の傘をさして待っていた。
「ごめんな、こんな時間に……」
「大丈夫、雄一の誤解は解いておきたいからね」
雨の中、数分歩くと24時間営業のファミレスが見えてきた。里帆と付き合っていた時、何度も利用したことがある店だった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると店員が窓際に案内してくれた。数人の客が綾女の方をチラッと見る。人目を引く容姿だ。綾女は朝と同じ浅い緑のワンピースを着ていた。
「綾女はドリンクバーで大丈夫?」
「うん、ご飯は食べてきたから大丈夫だよ」
俺は店員にふたり分のドリンクバーを注文した。アイスコーヒーとカフェラテを入れて、席に戻る。
「はい、カフェラテで良かったよね。砂糖はいる?」
「ありがとう。砂糖はいらない、かな」
コーヒーを少し飲んで喉を潤す。少し間をおいて綾女が話しだした。
「今朝つけてたなんて、びっくりしたよ」
「金曜日打ち合わせ、土曜日握手会なら、日曜日は、って思うだろ。予定なさそうに見えたし」
「言ってくれれば良かったのに。他の娘だったらストーカーと言われてもおかしくないよ」
嬉しそうな表情でじっと俺を見た。
「川上さんに嫉妬してるのかな?」
「バカ言うなよ」
「でも、嫉妬しなければ言わないよね」
頬杖をついてじっとこっちを見てくる。さっきからずっと嬉しそうだ。何なんだよ、これ。
「で、川上さんとは、そのどこまで、いってるのか」
口をついて出たのは本心だった。瞬間、失礼なことを言ったことに気づく。振られた彼氏でもない男が聞く話ではない。
「何度も告白されてるから今更なんだけども、わたしのことすごく好きかな?」
「悪いかよ」
「悪くないよ。確認したかっただけだから」
綾女はストローを口に入れてカフェラテを少し飲んだ。
「ほんと、君タイミング悪すぎ」
「なんでだよ」
「もう少し追いかけてたら分かったんだよ。あの日、他のメンバーも来てたんだから。川上さんは、同じ駅だから待ち合わせただけだよ」
「仕事だったのか。『撮影』とか……」
撮影をいまだ気にしていた。綾女は仕事柄、裸になって何度も知らない男と性行為をしてるのだ。なのに、今はそれが堪らなく辛い。
「だから違うって。というか大丈夫、わたしが撮影と言ったら死にそうな顔してるよ」
撮影と言う言葉を発した時、青ざめた表情をしていたのだろう。
「もう、だから言ってるのに」
綾女の瞳が少し揺れていた。悩んでいるようだった。
「本当に大丈夫、なのかな。その、これは仮定の話だよ。わたしともし、付き合うことになっても、わたし今は仕事辞められないよ。そうなったら雄一はもっと苦しむと思う。引き返すなら今、だよ」
裕二の言ったことが思い出される。きっと綾女は一歩が踏み出せないのだ。そして、そのことに躊躇している自分がいた。
「今は、何が正解か、わからない。でも、綾女が好きだ。この気持ちはどうしようもなくて、でも辛くて仕方がないのも事実だ」
「そっか、きっとわたしは幸せものかもね。そこまで悩んでくれてるんだもの。この話は今考えても仕方がないか。じゃあ、本題行くね」
綾女はこちらを向いて、じっと見た。
「今日はわたしのお母さんの命日なの」
「一周忌と言うことなのか」
「言おうか迷った。でもお母さんの自殺のことあまり話せてないし、早すぎると思ったから話さなかったんだ」
「俺すげえかっこ悪いよな。そんな大切な日に、まさか不倫を疑うなんて」
「それは仕方がないよ。うん、言わなかったわたしが悪い。つけてきてくれるなんて思わなかった。確かに考えれば分かるはずだよね。日曜日の予定なにもなかったから」
ごめんね、と呟くように綾女は言った。やはり、俺は綾女がたまらなく好きだと思った。
「こんな大切な話、俺なんかが聞いて悪かったよ。ほんと関係ないのにな」
「大丈夫。友達だもん、心配して当たり前」
友達か、やはり恋人への距離は遠そうだった。でも、友達でも止めていいよな。
「やはり聖人と関係を持って欲しくはない」
「里帆さんの今後起こることを知った今でも?」
「うん、それでもだ」
「そっか、このことでもわたしは君を苦しめてるんだね。でも、これはわたしのケジメなんだ。これだけは曲げられない。ごめんね」
綾女はじっと真剣な表情で俺を見た。復讐、その言葉がなぜか俺の頭に浮かんだ。
◇
いつも見ていただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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