第15話 撮影会

(これって、ストーカーだよな)


 布団に入ってからも、綾女の日曜日の予定が気になって仕方がなかった。つきあってもいないのに綾女が他の男といる姿を想像しただけで胸がえぐられるように痛かった。里帆を寝取られた時と同じ感覚だった。


 もしかしたら綾女までも……。昨日、綾女は聖人に苛立ちを隠さなかった。本心にしか見えなかった。演技女優でもあそこまで完璧に人を騙せない。


 ただし里帆の時のこともある。寝取られた時、全く気づかなかった。綾女だってわからない。俺は綾女のことを殆ど知らない。聖人とのLINEの内容だって見たこともないのだ。


 たまらずに外に飛び出した。後ろから妹のどこに行くの、と声がした。


「ちょっと出かけて来る」

 慌てて道に出る。


 雨か……。

 季節外れの陽気は終わりを告げ梅雨の季節の訪れを告げていた。

 

 長雨の季節だ。俺は傘を取りに戻って、綾女と別れた分岐路の数メートル先で待った。駅に向かって歩くとうまく死角になり、見えることはない。


 この行為は完全にストーカーだ。綾女に気づかれたら、犯罪にもなる。つきあってもいない女の子を待ち伏せするのは、良いこととは思えなかった。それでも知りたいと思う気持ちが強かった。


 10分もすると赤い傘をさした綾女が駅に向かって歩くのが見えた。今日は浅い緑のワンピースだった。デートに行く時の上品な格好に見えた。普段は露出度の高い服装が多い綾女らしくなかった。


 綾女の10メートル後ろをゆっくりと歩く。後ろを振り返られたら、気づくかもしれない微妙な距離だ。雨音が傘にあたるのも気になった。綾女は考え事をしているのか後ろを気にすることもなく、すぐに駅に着いた。


 誰かを待っているのだろうか。何度か腕時計を確認している姿が見えた。電車が到着したが乗る気配もない。電車はそのまま発車してしまった。


「よっ、待ったか」

 10分もすると男が綾女の隣に立ち手を上げて挨拶した。昨日見た川上という名前の男だった。優しそうな瞳で綾女を見る。


「もう、待ったんだからねえ。いつまで待たすつもりなのよ」 


 唇を突き出して不満を口にする。嬉しそうな視線を投げかけていた。もしかして不倫なのか。川上は妻と子供がいると聞いた。不倫であればふたりの関係は秘密にするはずだ。もう少しハッキリと確認したかったが電車が到着した。流石に車内まで追えない。


 綾女と川上が不倫。俺は胸が強くえぐられる痛みを感じる。酷い頭痛がした。


 里帆に続いて綾女も寝取られるのか。いや、これは寝取られでさえないのか。俺は綾女とつきあってさえいないのだ。


「早かったね、どうしたの」


 俺が戻ると妹の愛が不思議そうな表情でこちらを見る。愛は綾女をお姉さんのように慕っているから、本当のことは言えない。秘密にしたことで里帆と同じようにならないか不安はあったが、とても言うことはできなかった。


 きっついなあ。里帆の時よりも明らかに胸の痛みが酷かった。綾女が可愛すぎるんだ。諦めきれない。


 寝て過ごしているとスマホの着信音が鳴った。裕二からだった。タイミングが良すぎるんだよな。こいつが女だったら、良かったんだろうな。考えてて吐きそうになった。想いは嬉しいが受け取るわけにはいかない。スマホの着信ボタンを押して電話に出た。


「よっ、お前今日暇か……」

 慣れてはきたが、もしもしはないんだな、と今更ながら思ってしまう。


「そうだな、暇だよ」

「綾女さんのDVD試写会しようぜ」

「ふざけるな、するわけないだろ」


 寝取られたと分かっていても、綾女の喘ぐ行為を見て慰める気にはならない。見れば寝とった錯覚から、一時的に心は満足するかも知れない。


 時間が経てばそんな自分がきっと嫌になる。一時は守ろうとした女を喜んでレイプさせるようなもんだ。自傷行為に近い。だから拒否した。俺は綾女を奪われても誇りは失いたくない。


「おっ、いい反応だよね。でもさ今回のDVD脱がないから……」

「アダルトDVDで女優が脱がない。なんだそれ」

「だって、これあやのんのDVDだからさ」

 そう言えば昨日色んなところであやのんという言葉を聞いた気がする。


「あやのん、ってなんだ?」

「お前って本当にアイドルとか詳しくないのな」

「うるさい、知らねえよ」

「あやのんは、アイドル時代の綾女さんの愛称だぜ」

「はあ、綾女さんがアイドル時代? なんだそれ」

「だから持って行っていいか」

 俺は綾女のことを何も知らなかった。ファンの裕二の知っているあやのんという名前さえ知らないのだから。


――――


 半時間くらい待つと、裕二がやってきた。


「裕二くん、久しぶりだね」

「おっ、愛ちゃんいつも可愛いな」

「手を出したらぶっ殺すぞ」

「おっ、いつものブラコンだねえ」

「うっせえよ」


 裕二と俺は、二階に上がる。愛は後で何か持っていくね、と裕二に向かい笑いかけた。


「ありがとうね」


 と裕二が愛の方を見て微笑んだ。

 だから妹よ、お前は脇が甘いんだ。そんなことしてたら、いつ連れ去られるか分かったもんじゃない。


「で、ブツはどれだ」


 裕二は俺にDVDを見せる。確かにイメージDVDだった。本当にアイドル時代なんてあったんだ。ネットで調べていたら分かる情報だったかもしれない。他に重要なことが多すぎたため、そこまで気が回らなかった。


「なぜ、アイドルからアダルト業界に来たんだ」

「俺もアダルトから入った口だから詳しくは知らないんだけどさ。結構人気あったらしいんだよ。突然、半年くらいで活動休止宣言して、半年後にアダルト女優になってた」

「それだけじゃ分からねえよ」


「あまり知られてないんだよ。経緯とかさ。噂では圧力がかかったと言われてるけどさ」

「それより見ようぜDVD」

 

 DVDを再生すると可愛い服に身を包む綾女がいた。踊るように走ったり水を跳ねたり、笑顔だった。影が一切ない笑顔。この頃の眩しい笑顔は今では見ることもない。心から楽しそうに演じていた。


 歌を歌うシーンもあった。イメージDVDでは滅多にないから驚いた。とんでもなく上手かった。声が綺麗だった。こんなに可愛く、歌も上手で、可愛い。昨日の台詞が蘇えった。


「綾女に堕とされたんだね。実はね、ここにいるメンバーは、みんなそうなんだよ」


 心が震えた。俺は綾女とつきあいたい、としか思ってなかった。昨日のメンバーはこの時期も一緒で、ここに戻りたいのかもしれない。俺はそう思った。


 川上と綾女の姿を思い出す。仕方がないよな、綾女は抱えきれないストレスを抱えて生きてきた。だから、ふたりが関係を持つことは、そう不思議ではない。


 俺は今までと変わらず綾女に甘えていていいのだろうか。一緒に帰ったり、部屋に呼んだり、服を選んでもらったり、相談に乗ってもらったり。ふたりを見ても諦められない自分がいた。


「ちょっとー、何みてんのよ」

 妹の愛は、綾女のDVDを見て文句を言ってくる。


「あれ、これお姉ちゃんそっくりだね」

「だろう」


 綾女がアイドルと同一人物とは、思えないのだろう。似ている人で落ち着いたようだった。わざわざ買ってきてくれたのか、ケーキと紅茶をお盆に載せて裕二に渡した。


「ごめんな愛ちゃん。ありがとな」

「いいよ。ゆっくりしていってね」


 嬉しそうな表情で妹は手を振り、扉を閉めた。顔が少し赤かった。嘘だろ……。


「なあ、お前、愛を下の名前で呼ぶな」

「おい、なら山本さんかよ」

「それでいいじゃねえか。何か不満か」


 まあ、こいつも明大の端くれなんだよな。愛が望むならば……。


「愛ちゃんでいいじゃん、ブラコンお兄ちゃん」


 前言撤回、やはり嫁にはやれん。俺は強くそう思った。


―――――


真相がわかり出す。そして、2人の関係は?


どうなるんでしょうね。



読んでいただきいつもありがとうございます。

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