第14話 打ち上げ
「ごめん、用事があるから帰るわ」
「えー、まぢかよーっ」
撮影会で会ったイケメンの男は、明らかに落胆した。優衣と俺の関係を知りたかったのかも知れない。それでも用事なら仕方がないか、と納得した。
裕二は理由がわかったのだろう。聞いてくることはなかった。
俺はどうしても綾女に会いたかった。目を閉じれば、妖艶な光景が焼き付いていた。可愛く綺麗で、未だに心を
綾女のLINEでは近くのホテルの11階を借りて、スタッフと打ち上げをするという話だった。男優は参加してないと聞いて、ホッとした。
俺が会場に入ると数人の男女が部屋にはいた。綾女が動くより、先に髪を茶色に染めたポニーテールの女性スタッフが動いた。
「あー、来たよ、こっちだよー」
手を大きく振って呼んでいた。
「
「悪い? 雄一に決めたよぉ、新しい恋を始めるんだ」
「やめて、雄一くん戸惑ってるから」
綾女は先ほどのブレザー姿のままだった。俺は綾女の隣の席に案内された。席に着くと綾女がビールをコップに注いでくれる。目の前には豪華なお寿司が並んでいた。
「彼らは飲むばかりで食べないから、雄一くんは食べてね。取ってあげるよ」
「うわ、彼女宣言来たよー」
左隣に座る玲奈が話に割って入ってきた。仲が良いと思うが、今は綾女と争ってるように見えた。
「彼女じゃないですよ、友達です」
「へえ、
「言葉通りですので……」
玲奈は絡み系なのか。
「自分で取って食べるよ」
綾女は残念そうに
「着替えなかったんだね」
間近で見ると借り物のブレザーのため、かなり小さかった。胸は弾けそうで、スカートは動けば捲れそうで、白いパンツが惜しげもなく撮られたことは容易に想像がついた。
「この女、雄一を魅了しようと、この格好してるんだよ、あざといよね」
「もう、やめてよね、恥ずかしいし」
「可愛いよ。さっきは、そのビックリしたけども」
俺の会話の意図に気づいたのか綾女は顔を赤くして
「やりすぎだよね。ポーズの変更なんて言われた時はどうしようかと思ったわ」
「ごめんね、それは謝る。写真撮ってないから気になってね」
「結局、雄一は写真撮らなかったの。もったいないね」
俺はあの瞬間、綾女の演じた優衣を前に動けなかった。カメラのことさえ忘れていた。完全に魅了されていた。
「綾女に堕とされたんだね。実はね、ここにいるメンバーは、みんなそうなんだよ」
「そうそう、綾女にみんな恋をしてるんだよ。変な意味じゃなくてね」
部屋には、俺の隣に綾女と玲奈。前の席にはふたりのイケメンの男が座っていた。
「自己紹介するね。スタッフの中では紅一点、
「そして、今年振られたのが10人目。あと3人振られたら、セカンドインパクト起こるかもな」
「うっさいわねえ、あんたも女に振られたばかりでしょう。まぢ、現実見えてないよね。わたしは、あやねるさえいれば他はいらないんだって」
「現実見えてないのはどっちだよ、ちなみに振られたの俺はひとり目な。しかも十年付きあってな。名前は
圭一という男は茶髪にロン毛、今風の軽そうな若者だった。しかし10年も付き合ったのであれば、かなり真面目なのかも知れない。
「今、かっこ付けてるけどね、酷かったよ。見せてあげたいくらい」
10年来ではないけれど、俺も別れたよな。幼馴染との大恋愛の末、寝取られた。
「うそ! まぢ……?」
玲奈と言う女性が驚いた表情をしていた。声に出ていたらしかった。綾女が間に割って入る。
「笑わないでよね、雄一くんを笑うなら絶対許さない!」
泣きそうな瞳で目の前を向いた。瞳からは怒りが見てとれる。なぜ、綾女は俺のために怒ってくれるのだろうか。
「お前ら静かにしろよ!」
「で、この人が撮影担当の川上啓介さん。このメンツでは唯一の子持ち」
眼鏡をかけた頭の良さそうな人だった。年齢は結構上なのだろうか。落ち着いていて見るからにイケメンのいい人だ。
「そして、わたしが綾女ね。他にもメンバーといるけど今日集まったのはこんな感じ……」
相当仲が良いのだろう。周りの騒ぎにも自然な反応を見せている。
「撮影会はどうだったかな?」
真剣な表情で圭一が視線をこちらに向けた。こんな人たちに囲まれてたら、俺が告白しても振られるわけだ。
「正直可愛かったです。あまりにも色っぽくて心に
「綾女、良かったね」
「ちょちょっと……待ってよ」
「だって……あっ」
言ってはいけない事だったのだろうか。驚いた表情をして、笑って誤魔化していた。俺に関わることでもないだろうが。
「俺たちがやってきたことが報われて来ていると言うことさ」
「そう言えば、あの店長、今後も継続的にイベントをやりたいって言ってたよね」
「凄い手のヒラ返しで驚いたよ」
「昨日は大変だったんですか」
「無茶苦茶揉めたよな。綾女が来てくれてまとまったものの」
「綾女をただのAV女優と一緒にしてたんだもん、舐めてるよね。あり得ないわ」
最後に店長が言った継続的にイベントを行うという話は、スタッフも聞かされてなかったらしい。綾女の魅力は、店長にも届いたんだ。俺は凄く嬉しかった。
アダルト関連の会社は、もっと暗いイメージを想像していた。綾女がいるから、この雰囲気になってるのだと思った。この業界には明るさだけでは越えれない現実がある。綾女は進んで男と絡んでいるのだろうか。
低俗な雑誌には、持て余した性欲から、業界に飛び込む女性も結構いるような
「思うことがあるようだね。雄一くん」
「ごめんなさい。俺にはどうしても理解できないことがあって」
「人前で裸になって絡むことかな。だよね、普通の男の子だもんね」
玲奈と呼ばれた女性は真剣な表情をした。
「ごめんね、雄一くん……」
たまらずに綾女が謝る。泣きそうで見てられなかった。
玲奈が綾女にハンカチを渡していた。
「綾女ちゃんをこの業界で成功させたいと思ってるわけじゃないんだよ。男との絡みだってね、本当はさせたくないんだ」
「じゃあ、なぜ綾女をこんな酷いことに……」
「今は本当のことは言えない。綾女のために頑張ってると信じて欲しい。近い将来きっと分かる時が来る」
「わたしだって、目標があるんだよ。その前に倒したい男がいる。ひとりは聖人、やはり彼は放置しておけない。ヤバいやつなんだ。雄一くんと同じ悲劇はもう二度と起こさせない。そしてもう、ひとりはね……」
「その名前言ったらヤバいって、マヂ消される」
慌てて隣の玲奈が止めに入った。
「ごめん、この名前は言えない。そのうち嫌でもわかる時が来ると思う」
綾女は聖人への復讐を諦めていなかった。その視線にハッキリとした怒りを感じた。なぜそこまで怒っているのかは、今の俺は分かってはいなかった。
―――――
「ごめんね、遅くまで付きあわせて」
「いいよ、楽しかったし。それにスタッフもいい人ばかりだよね」
俺は綾女を連れて一緒に帰った。隣を歩く綾女は誰から見ても女子高生にしか見えなかった。スカート丈が異常に短い。
「雄一さぁ、そんなに凝視してたら、警察に呼び止められるかもよ」
いたずらっぽい瞳を俺の顔に近づけて来る。舐めるように俺の顔を眺めた。小さな鞄を後ろ手に回してトンとスキップした。
「ねっ、今のわたし可愛い?」
「当たり前、だろ」
「ねっ、雄一が望むならこの格好で、そのさ……、したって……」
「いや、それこそ捕まる……」
綾女はどれだけ自然に女子高生を演じているのか気づいていない。その証拠に周りをいく人の視線が俺たちを気にしてるようだった。俺も大学二年生だから、なんとかなってるのだろうが、後少し年齢が高かったら完全にダメだったかもしれない。
「そういやさ、今後も参加するの、その……撮影会」
「参加するよ。ひとりのファンとして綾女が演じる優衣を応援したいんだ」
「なんかありがとうね。嬉しい」
綾女は本当に嬉しそうに呟くように言った。横顔が眩しかった。昨日、勇気を出して良かった。俺の知らない綾女を知ることができた。そこまで考えて、未だに妹になんの説明もできていないことに気づく。
「俺の妹と一緒にどっか行かないか」
「うん、わたしは時間が空いていたら行くよ。来週は、……土曜日は雄一くんの予定があるしね」
「いや、その日でいいよ。妹も連れて一緒に買い物行こうよ」
「そだね。女子の楽しみだもんね」
綾女は微笑んだ。気がついたら、綾女の家に続く分かれ道まで来ていた。この先には綾女の家がある。隣の綾女は慌てて……。
「あっ、ここでいいから。すぐだからね」
母親の死から一年、やはり今は無理して家に行かない方がいいだろう。
「わかった。それじゃあ、また」
本当は明日の予定を聞きたかった。日曜日はなんの仕事があるのだろう。気にはなったが、彼氏でもないから言えなかった。
――――――
そう言えば日曜日何あるんでしょうね。
確か仕事と言ってたはずだけど、明日の話みんなしてませんでしたね。
何があるんだろ?
皆さん応援ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
いつも感謝してます。
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