第12話 撮影会 前編

 綾女は電話で打ち合わせをしていた。階下からの声が耳に入ってくる。


「話が違う、納得できない」

 と綾女は声を荒らげた。


「最初の条件は、衣装と水着の撮影会だったはずよ。当初の条件で撮影会を行って欲しい。……もし、条件面を変えるのであれば、3倍は頂かないと話にならない」


 はじめて聞く大人顔負けの駆け引きをしている綾女だった。


 電話が終わって二階に上がってきた時、綾女は申し訳なさそうな顔をしていた。


「ごめん、先方と話が噛み合ってない。このままだと明日のイベントができない。ちょっと話をしてきていいかな。もしかしたら今日は、戻って来れないかも……」


 先程の口ぶりだと主催者側がかなり、綾女を見下し、安い料金で過激なファンサービスをさせようとしていたように見えた。本当に大丈夫なのだろうか。


「明日のイベント、急遽 きゅうきょ内容が変わることはあるのか?」


 俺は唾を飲み込んだ。先程の口ぶりからすると綾女を裸にして、撮影会をさせようとしているように見えた。アダルト女優だから舐められたのだろう。趣味の悪い話だ。


「条件変更はさせないから安心して」

 悔しそうな表情をしながら、俺を見た。綾女は3倍払えば過激なファンサービスもするのだろうか。俺は言葉を飲み込んだ。そうだと言われても俺に止める権利がない。言えば苦しくなるだけだ。


「いいよ、行ってきて」

 俺は強がった。綾女が普通のファンとの触れ合いを第一に考えていることがよく分かっていた。裕二のような奴らがファンならば過激な内容の撮影会は望まれていない。


「ごめん、お昼ご飯作って冷蔵庫に入れておいたから、電子レンジで温めて絶対食べてね!」

 綾女は走って出て行った。後から声が聞こえる。


「この埋め合わせは、きっとするから」


 残念だったが無理は言えない。折り合いがつかないのであれば、会って納得するまで話すしか方法は無い。俺のことを気にかけてくれているのは、嬉しかった。


 結局、その日綾女は俺の家に帰ってくることはなかった。早く帰ってきた妹の愛は、いないと聞くと凄く残念な表情をした。綾女の仕事の内容を言えない俺は、帰ってしまった理由を説明することはできなかった。


 綾女から夜8時にLINEが届いた。今日はごめんねと書いてあった。気にしてないから、と送ると、心配させてごめん、明日の内容に変更はないからと返信されてきた。


 俺はホッとした。良かった安心したよ、と送信したらすぐに可愛い『うさぎ』のスタンプが返されてきた。ありがとうと書かれたスタンプだった。


 撮影会か、俺は綾女の仕事を見なければいけないと感じるようになっていた。仕事と言ってもDVDなどはとても見られない。知らない男と行為をする姿は嫉妬で壊れそうになる。


 自分以外の男に感じている表情が演技であっても、我慢して見ることは難しいと思った。水着撮影会なら、嫉妬心に苦しむ必要はない。見に行っても平気だと思った。会場の場所も知らなかったため、裕二に連絡した。


「おっ、珍しいな、お前から連絡してくるなんてよ」

「明日、綾女さんの撮影会があるんだろ。俺も参加できないか」

「なぜ知ってるんだ? 明日の撮影会は有料会員向けの特設ページにしか載らなかったはずなんだが」

「本人に聞いた」


「はぁ? お前、綾女さんとそんなに仲がいいのか」

「最近、一緒に帰ってる。昨日は俺が熱出してぶっ倒れた。昨日と今日は俺の家に来て手料理作ってくれたんだ」

「まぢか、それ」

「俺が冗談を言うと思うか」

「それファンが知ったら殺されるぞ」


 真剣な声で物騒なことを言ってくる。確かにあれだけ可愛いんだ。アイドル並みの人気になっていてもおかしくない。


「なら、本人に聞けばいいのに」

「いや、昨日まで熱出してぶっ倒れてたのに参加すると言ったら怒られそうだ」

「身体を心配するにしても、イベント見るくらいで大げさじゃね」

「それなら個人撮影会、やってあげると言われそうだ。似たような内容言われてたし……」


 俺の話の内容に裕二が明らかに不満そうな声をした。


「はあ、なにそれ。マヂかよー」

「いや、でも告白したら断れたんだけどね」

「意味わかんねえよ。そこまで仲良かったら、もう……」

「もうなんだよ」

「なあ、エ○チしたのか」

「してねえに決まってるだろ」

「なんでよ……」

「彼女じゃないから」

「アホかお前、きっとそれだと永遠に彼氏になれないぞ」

「どうしてだよ」


 電話の向こうの裕二はため息をついた。俺に さとすようにつぶや く。


「女はそういう生き物なんだよ。特に綾女さんは自分のこと気にしてるからな。関係でも持たないと一歩が踏み出せないと思うけどな」

「付き合ってもいないのに関係を持つなんて嫌なんだよ」

「まあ、いいけどよ。で、明日つき合ってやるけど、カメラは持ってるのか」

「スマホでいいだろ」

「いいわけないだろ、お前本気で叩き出されたいのか」


 撮影会というところは思ったより厄介なところだった。気楽にスマホで撮影しようと思っていた俺の撮影スタイルは、出鼻を挫かれた。


「いいよいいよ、俺の貸してやるから」

「ありがとう、いいのか」

「俺もお前の近くにいれば美味しい目にあえそうだしな」

「エ○チことは、させないぞ」

「しねえよ、お前の方が手を出しそうだわ」


 否定はできない。痛いところを突かれたようだった。何かあれば大きく俺たちの関係が変わる可能性はある、とは思った。


「じゃあ明日、秋葉原信長書店前な」

「何で書店なんだよ」

「そこで行われるからだろ。お前知らないのか、アイドルでも、撮影系のイベントは書店が多いんだぜ」


 撮影会か、生まれてはじめて参加することになった。水着姿の綾女、綺麗だろな。俺は彼女の姿を妄想しながら眠りについた。


――――――


本日はあと一話12時予定で公開します。

本来は一度に公開でしたが長すぎました。


よろしくお願いします。

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