第11話 綾女と看病

「おはよ」

「お姉ちゃん、私そろそろ出ないと行けないから、お兄ちゃんをお願いします」

「うん、まかせといて」


 インターフォンが鳴るのと妹が学校に行くタイミングが重なったようだ。玄関で迎え入れ、妹が玄関を出ていく音がした。


「今日の綾女ちゃんの服かわいい」

「でしょう、ちょっと頑張ったかも」


 今日はどんな服を着ているのか期待に胸が膨らんだ。


「これからもお兄ちゃんをよろしくお願いします」

「そんなんじゃないって……」


 俺は寝たふりをしながら階下の黄色い声に集中していた。嬉しかった。女の可愛いはエ○チな意味も含んでいることを俺は知っている。どうしても期待が膨らんでしまう。


「病気は大丈夫かな?」

 扉を開いて綾女が入ってきた。今日の格好は、白いレースに薄茶色のキャミワンピース、膝上20センチくらいのミニスカートだった。


「熱、測ってあげるね」

 綾女の手が俺の額に軽く触れた。嬉しそうにこっちを見る。


「だいぶ下がったみたい。でもまだ寝てたほうがいいと思う。料理作ってあげるから、待っててね」


「そんな、悪いよ」

「気にしないで、やりたくてやってるんだからね」


 食材を買ってきたのか、綾女はスーパーの袋を持っていた。キッチンを借りるねと、階段を降りて行く。暫くすると一階で料理を作る音が聞こえてきた。二階にもご飯のいい匂いが漂ってくる。30分くらいすると、綾女が階段を上がる足音が聞こえ、扉が開いた。料理の載ったお盆をベットの脇に置いて自分もベッドに座った。


 視線の先に隆起りゅうき した曲線と、ミニスカートから伸びる太腿。ストッキングを履いているため、生足ではないがかなりエ○い。俺は心臓が高鳴った。


「そっちじゃなくて、料理を見てね」


 俺の凝視する視線に気づいたのか、顔を赤らめた。


「ご、ごめん」

「いいんだけどね、減るもんじゃないし」

 心の中で感謝の気持ちを唱えて、視線を移した。


 お盆にはあんかけの卵がゆ、にんじんのポタージュ、はちみつりんごのホットヨーグルトが載っていた。俺ならお粥しか作らない。さすが女の子だ。病気の時の料理も美味しそうだった。綾女は食べさせるために、スプーンを手に取る。


「はい、どーぞ、……あーん」


 綾女はなぜここまでしてくれるのだろうか。振った相手に対して距離が近すぎた。期待して良いのだろうか。今日はそのために仕事まで休んでくれたのだ。もしかして、可能性があるのか。


 俺は綾女の差し出されたスプーンを口に入れた。たまごとお粥が混ざりあってとても美味しい。


「仕事休ませて、看病までしてもらってごめん」

「気にしないで、今日は明日の打ち合わせだからね」


 明日の打ち合わせと聞いて、俺は少し動揺した。頭の中に撮影の二文字が浮かぶ。否定されたはずだった。俺は聞き出していいものか悩んだ。


「どしたの?」


 不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。本当に気がついてないのか。気がつかないふりをしているのか正直わからなかった。


「明日、何かあるのかなって」

「あー、ファンのために撮影会を開いてるのよ」


 撮影会、俺は思わず唾を飲み込む。みんなの前で裸になるのだろうか。卑猥 ひわいな視線が大きな胸の曲線、そして下腹部に集まるのを想像してしまう。俺が不安そうな表情をしていたのに気づいたのか。


「撮影と言っても普段着と水着よ、それもよくグラビアアイドルが着るようなやつ」

「はい、どーぞ、あーん」


 俺はご飯を口に含む。水着と聞いて多少ホッとした。それでも嫉妬心は止まらない。グラビアアイドルの水着も結構際どいものも多い。


「あれえ、水着でも嫉妬しちゃう?」

 お盆を置いてなまめ かしい表情で顔を近づけ、こちらに視線を合わせる。


「今度さ、雄一のために水着撮影会やってあげようかな」

「ここ、やばいよ、妹もいるし……」

「そっか」

 少し残念そうな表情をした。期待していいのだろうか。


「はい、どーぞ、あーん」

 たまご粥の残りを口に含む。美味しい、食欲が満たされてくると、今度は別のところに興味が出てくる。男の悲しい性だ。俺は際どい水着姿を想像して慌てて、視線を逸らした。


「わたしのこと少しでも知ってくれたらいいかな、ってね。あれ、どうしたの」

「いや、気にしないで」

「視線をそらされると、ちょっと気にはなるかな。何か想像したの」

 想像したが、そんなこと言えるわけもない。


「いや、……それよりさ。これはあくまで仮定の話なんだけど。今告白したらうまくいくかな」

 俺は唾を飲み込む。今日はいい雰囲気だった。告白してもうまくいきそうな気がした。


「どうだろう」

 恐る恐る、綾女を見てしまう。


「見事に玉砕する、かな」

 

 目の前の綾女はいたずらを含んだ表情で言った。

 俺はかなり落ち込んだ。甘く見過ぎていた。今までの流れから告白はうまくいく、と考えていた。


「やっぱりだめかー」

「わたし今は誰とも恋愛する気ないんだよ、ごめんね」

「じゃあ、一緒に帰ったり、看病してくれたり、お姉ちゃんになってくれたりしてくれるのは」

「友達、だからかな」

 耳元で ささやきかけてくる。


「もしかして、エ○チしたい」

 恋人ならば、好きになって愛しあう。そういう意味ではないと感じた。


「そう言うわけじゃ……」

「雄一くんならしてあげるって言ってるのに」

「彼女じゃなきゃ嫌なんだ」

「真面目だな、そう言うとこ好きだけどね」

 

 今、気がついたが、綾女は性に関しては開放的と言うか、肉体関係を特別なものと思ってないのだ。だから、聖人に抱かれるのも平気なのか。でも恋愛に関してはかなり真面目なんだと思う。その距離感がわからない。


 聖人で忘れていた記憶が思い出される。計画は終わってなかったはず。俺は目の前の綾女に聞こうとした。声に出して口にするのが怖かった。躊躇とまど っていたら、綾女が先に話し出した。


「雄一くんの家って、わたしのところと同じで、お母さんいないんだね」

 不安な表情でこちらを伺う視線に気づいた。唇が僅かに震えていた。


「綾女さんのところも母親いないの」

「うん、色々あってね」


 ぎこちない笑みを浮かべて、綾女はそれだけを言った。かなり動揺をしているようだった。綾女は俺をじっと見て口を開いた。


「雄一くんのお母さんは、病気かな」

「うん、妹の愛が幼稚園の時に亡くなったんだ。乳がんをわずら っていたらしい」

「そっか、悲しいね」

 寂しそうな表情で、こちらを見ていた。


「綾女さんはどうして?」

 目の前の綾女は、酷く動揺した表情をした。言うべきか迷っているようだった。暫く沈黙の時間がつづいた。


「言わなくてもいいよ、言いたくないこともある」

 俺の言葉が綾女を後押ししたように見えた。暫くして、綾女が目を瞑り、再び瞳を大きく開けた。


「お母さんは、一年前に亡くなった……、自殺だった」

 周りの温度が一気に下がったように感じた。綾女は生気せいき のない表情でこちらを見た。母親の死が未だに大きな傷痕を残しているのだろう。聞いてはいけない話だった。それでも俺は言葉を止めてはダメだと感じた。


「本当にごめん、聞いちゃいけないことだった。辛いこと思い出させちゃってすまない」

 俺はベッドから抜け出して、頭を下げた。


「いいよ気にしないで、生きてたら色々あるからね」


 生きていても、肉親が自殺する経験はしない。告白には相当な勇気がいっただろう。綾女は甘い世界で生きている俺たちとは違うのだ。


 どんな気持ちで、どんな風に感じ、どうしてアダルト業界に入ったのか。聞いてみたかったが、きっと答えてくれないだろう。綾女の真実を知るには俺は非力だった。


 綾女のスマホの着信音が鳴った。


「ごめん、ちょっと下で話してくるね」

 何かあったのだろうか。綾女は少し慌てていた。小走りで一階へ降りて行く。


――――――


はじめての綾女の過去のお話でした。


今後とも応援よろしくお願いします。

電話の内容は何なのでしょうか。少し気になりますね。

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