第8話 告白

「里帆と別れてたんだ」


 もう嘘をつくことはできなかった。俺が別れたという話で納得してくれたら、それでいい。


「嘘だよね、昨日だって迎えにきてたし」


 愛は困った表情でじっと俺を見た。どこに行くのも三人一緒だった。海水浴、ハイキング、水族館、肝試し、花火大会。遠出もたくさんした。心に残った想い出は里帆なしには語れなかった。愛の思い出を壊したくなかった。


「俺だって、色んな人と付き合いたかったりするだろ」

「嘘、お兄ちゃんが自分から別れるなんて言えるわけがない」


 俺は花火大会で、里帆に告白した。打ち上げられる花火の輝きの中、初めてキスをした。愛はその日、友達と花火大会に行くと嘘をついた。家に着いたら電気もつけずにベットでひとり座っていた。愛を放っておけなかった。


「なぜ、俺が里帆だけにこだわらないといけないんだよ。大学生になったら、たくさんの恋がしたいだろ」


「お兄ちゃんが振ったというの。あんな正気も抜けてたのに」


 こんな結末望んでいない。あの後、俺は里帆を呼びに行ったんだ。三人一緒に歩んでいこうね、と言ってくれた言葉を思い出す。あの後、三人で花火大会に行った。あの時の気持ちを大切にしたかった。


「おいおい、俺がいつ落ち込んだことがあったよ」


「なぜわかってないの。1週間前くらい前に死にたいと言ってたの聞こえてたよ」


 愛もお姉ちゃんができたと喜んでくれた。花火を見ながら、この関係はずっと続いていくと思ってた。この気持ちだけは守りたかった。なのに、あんな小さな心の叫び声まで聞いてたのか。


「お姉ちゃんと話してくる」

「待てって」

 ほら、やっぱり、こうなった。


 愛は俺が振られたとわかってたのだ。今、やり直せると思ってる。里帆だって俺たちから離れることなどできない。きっと、そう思ってる。


「里帆に何をいうんだ?」

「お姉ちゃんが振ったんだよね。その理由を聞いてくる」


 愛はある意味正しい。愛は冷静な判断ができる娘だ。感情に流されたりしない。その冷静な判断がきっと愛を苦しめる。男女の関係ほど一時の感情に流されてしまうものはない。事実を知った時、きっと里帆を軽蔑する。


 だから、俺は愛の手首を掴んだ。ここで里帆のところに行かせるわけにはいかない。


「離してよ、お願い! なぜ、お姉ちゃんと話しちゃいけないのよ!」


 母親を小さい頃に癌で亡くした愛にとって里帆は、母親代わりだった。里帆は中学高校と本当によくしてくれた。俺に聞けない話など愛が真っ先に相談するのは里帆だった。


「頼むから、行かないでくれ!」

 俺は愛を後ろから抱きしめた。


「なんでよ、教えてよ」

「だめだ! 愛が傷つく」

「お兄ちゃん、凄い傷ついたじゃん。私も大学生。少しは分かっているつもりだよ。何があったのか聞くから、お兄ちゃん話してよ」

 振り返って俺を見た。そこには嘘を見抜く真摯な瞳があった。


「あのさ、こんな話、愛にしていいか分からねえけど、里帆に聞いて欲しくないから言うな」


 愛は真剣な表情で、テーブルに座って視線を向けた。もう嘘はつけない。


「俺な、里帆のことが大事すぎて嫌がることは何もしなかった。エ○チも我慢した」

「そっか。いつも優しいね」

 愛は嬉しそうに微笑んだ。


「結局、里帆は友人に取られたんだ」

「えっ、なんでそうなるの」

「嫌がってたと思ってた行為を里帆は求めてたんだよ」


 愛の顔が紅潮して行くのがはっきりと分かった。紅潮と同時に瞳に怒りが湧き上がってくる。


「ふざけてる、それ絶対おかしい。里帆お姉ちゃん変だ。気持ち悪い。何でそうなるの。人間でしょ、……そんな一時の感情にとらわれるなんてあり得ない」


 結局、止められなかった。隣家に走って行って、里帆を呼び出して大騒ぎした。里帆はかける言葉も見つからず、ただそこに立ちつくしていた。


 隣のおばさんがちょっと、里帆来なさいと凄い剣幕で連れて行った。去り際に里帆が申し訳なさそうに頭を下げるのが見えた。


 愛は家に帰って我慢していた気持ちが、瞳から溢れ出た。俺にごめん、ごめんね、と謝り続けた。俺の気持ちに気づけなかった謝罪なのか、それとも俺が止めるのも聞かずに地雷を踏んだ謝罪なのか、どちらの謝罪か分からなかった。


 やっと落ち着いてきた。愛が感情をここまで外に出したのは、母親が亡くなった時以来だった。幼稚園年少だった愛は母親の亡骸に抱きついて離れなかった。連れて行かないでと何度も叫んだ。その頃はまだ、死を理解していなかったのだ。


 今の愛は現実を理解している。その上で許せないのだろう。寝ている愛のそば、ずっと一緒にいた。いつもなら嫌がるが今日は一緒にいたがった。張り詰めていた糸が切れてしまったようだった。


「愛……」

「お兄ちゃん、ごめんね。気を使ってくれてたのに……」

「いいよ、俺の方こそ言えなくて、ごめん」

「お兄ちゃんらしいよ、もっと話してくれていいんだよ。たったふたりの肉親なんだからもっと何でも話そうね」

「ありがとう」

 俺は父親のことは、と思ったがそれは言わなかった。あの人は俺たちとは関係ない。


「そう言えば今日チラッと見たんだ。可愛い人。あの人と付き合うの?」

「付き合いたいけど、まだわからないよ」

「だよねえ、あの女の人かなり可愛いもんね」

「それ聞くと不安になるな」

「頑張って、お兄ちゃん」

 布団から手を出して、両手を握って応援してくれた。涙いっぱいの瞳に微かな笑顔だった。


「あのお姉さん優しそうだったな。名前なんて言うの?」

「綾女さんだよ」

「綾女さんかー、今度連れて来れる時があったら話したいな。お姉さんになってくれるかな?」

「きっと大丈夫。綾女もきっと愛のお姉さんになりたいと思う」


 綾女は色々気遣いができる女性だ。里帆のことも自分のことのように怒ってくれた。今度寄った時には、家に呼ぼうと思った。ふたりはきっといい友達になれる。そう言えば……。


「お前は彼氏作らないのか」

「お兄ちゃんが手を離れたら考えるよ」 


 ニッコリ笑顔で、はにかみながら見つめてきた。なんだ、可愛いじゃないか。もちろん、血がつながる妹にそれ以上の感情を持つことはないが。


「いつもありがとうな、母親に代わって何から何までやらせて、ごめんな」

「わたしがやりたいだけだから、お兄ちゃんは気にしなくていいからさ」


 これからは愛に少しは優しくしないと、と俺は思った。


――――――


ご指摘のあった主人公が話さなかった理由です。わかってもらえるのではないでしょうか。むっちゃブラコンなのが少し心配になりますが。

ブックマーク、応援が凄く多くなって感謝しています。恋愛ランキング10位になりました。初めてです。本当皆さんのおかげです。感謝しております。


今後とも引き続き応援よろしくお願いします。

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