第7話 帰宅
「今日は、何時に終わるのか」
俺は勇気を振り絞って聞いてみた。振られているので、断られることは覚悟の上だった。それでも諦めきれない自分がいた。
「そだね。17時くらいかな」
綾女は俺の方を振り向き、ちょっと考えてから返事をした。返事まで
「同じくらいだね。一緒に帰ろうか」
さりげなさを心がけた。心臓はうるさいくらい鳴っていた。緊張で手には驚くほど汗をかいていた。
「うーん」
綾女は背伸びをした。ふたり並んで教室を出る。眼鏡越しの表情は嬉しそうに見えた。
「一緒に帰りたい?」
綾女は、そう聞いてきた。否定されると思っていたから、嬉しかった。今、鼓動の音が聞こえるのならば、
「お願いします」
綾女は俺が真顔で答えたのを見て、びっくりしたように見えた。
「あー、そんな大したことじゃないからね。じゃあさ、18時前にモールのゲームセンターに集合ね」
それだけ言うと走っ去ってしまう。去り際にじゃあね、またと手を振った。やはり可愛かった。綾女はどんな格好をしても可愛い。存在が可愛いのだ。
モールは大学から歩いて15分程度の距離にあった。綾女と一緒に帰るのならばちょうどいい距離だ。
ゲームセンター好きなんて、綾女も女の子だよな。普通の女子と同じようにプリクラとかクレーンゲームが好きなんだろうか。
その後の、経済学は好きな科目だったため、集中できた。必須科目が続き、最後の授業が終わった時には17時半を超えていた。
急いで、モールへ向かった。三階がアミューズメントコーナーだ。校舎を出る時に、里帆がいたがちょっと急いでる、とだけ伝えて走り去った。後ろから声がしたけど、今は聞いてる場合ではない。
千代田区の大学からモールまで、直線だけれど、信号が三つある。三つ目の信号が赤信号になると長かった。赤にならないでくれ、俺は祈りながら走った。目の前の信号は青だ、良かった。
おかげで18時ちょうどにモールに着くことができた。エスカレーターを駆け上がり3階に上がった。すぐにゲームセンター周囲を見渡した。
綾女はゲームセンター入口にはいなかった。まだ来ていないのだろうか。少し不安になってきた。気が変わることも十分にある。俺と綾女の関係は
「なんか凄い女の子がいるらしいぞ。しかも無茶苦茶かわいい」
今日は店内のギャラリーがいつもより多かった。
ギャラリーの多くは、格闘ゲームコーナーの中央の対戦台を一心不乱に見つめていた。そう言えばこのモールはよく格闘ゲーム大会を開いていて有名だった。
今日は大会前でたくさんの
俺は、ちょうど一戦が終わった綾女に声をかける。
「意外だな、格ゲー好きなんだ」
「あっ、バレちゃった。こんなに勝つとは思わなかったよ」
相手側の対戦台にコインが投入された。綾女はレバーを握りながら、ごめんちょっとだけ待ってね、と小さく謝った。
少しの時間しか見ていなかったが、彼女の動きは
「彼氏? 土曜日の大会、彼女に出るように頼んでみてよ。彼女すげえよ」
ゲームセンターのアルバイトだろうか、凄く興奮して俺に話しかけてきた。
「いえ、彼女じゃないですし、きっと予定が……」
たぶん、綾女は目立つことを好まないと思った。ここで目立っていいことなんて何もないのだ。
目の前の綾女は、ギャラリーの注目を集めていることに気づき、ゲームを途中で終わらせた。もちろん、乱入はまだされていなかったからだ。
「雄一、行こうよね」
俺の手を握って走る。手が触れ合った瞬間、心臓が跳ねた。ギャラリーの間をくぐり抜けて、エスカレーターを降りてモールを出た。出口付近で足を止める。
「ごめんね、友達に教えてもらって、遊んでたらいつのまにか誰にも負けなくなってた。待ち合わせ場所をゲームセンターにしたのはまずかったよね」
苦笑いをしながら、俺を見た。格闘ゲームを馬鹿にされるのを恐れているような表情だった。
「凄かったよな。あんなに強いなんてビックリしたよ。何をやっても綾女は凄いよ」
「それは買い被りすぎだよ。流石にこれはオタク趣味だと自覚してるよ。最近は女の子らしいコーナーの方に行こうとは思ってるんだよ。ただ、今日はみんな強そうだったからね」
空を見上げながら呟く。
「ダメだよねえ」
「そんなことないよ。いつも綾女は輝いてるよ」
「それは、わたしを知らないだけだよ」
綾女は遠い目をした。もう届かないどこかを見ているようだった。綾女はどこを見ているのだろうか。その光の先を一緒に見てみたいと思った。そう言えば……。
「着替えたの?」
「もちろんだよ、あんな格好で一緒に歩かせるわけには行かないよ」
「気にしないよ」
俺が綾女に言ったら、綾女は不満そうに俺を見た。
「わたしが気にするよ。少なくとも私を好きと言ってくれた雄一に恥ずかしい思いはさせられない」
振られたけれども、一緒に帰宅してくれたり、服装に気を遣ってくれたりする。だから、俺は甘えてしまうのだ。
「そうだ。綾女さん、服選んでくれないかな。俺どんな服着ていいか、分からないからさ。例えば今週土曜日とか」
「ごめん、土曜日はだめなんだよ」
俺は告白を断られたことを思い出す。一緒に帰るだけでもありがたいのに。
「あー、ごめん。もう言わないよ」
俺の言葉を聞いた綾女は驚いて、慌てたように言ってくる。
「違う、そうじゃなくて本当に用事あるんだよ。来週、土曜日なら空いてるから一緒に行こうよ」
こんなに全力で否定されるとは思わなかった。綾女は傷ついた俺のことを心配してくれているんだ。
それから俺は、綾女の隣を歩きながら話した。たわいもない会話だったけども、その時間を一瞬でも無駄にはしたくなかった。
「着いたよ」
嬉しそうに綾女は言った。いつの間にか家の前についていた。本当なら綾女の家に俺が送り届けるべきだった。
「家まで送るよ」
俺が家に送ろうとすると綾女は明らかに嫌がった。
「大丈夫、ここから近いし、へいきへいき」
嬉しそうに手を振りながら走って行ってしまった。送るべきだろうが、あれだけはっきりと否定されると難しい。
「土曜日、楽しみにしてるから」
俺は大きな声でそれだけ言った。
「うん、わかったよ」
綾女の大きな声が返ってくる。俺は嬉しくなって綾女が見えなくなるまで、ずっと見送った。
家に入ると妹の愛が仁王立ちしていた。これがそうだとでも言えるくらい見事な仁王立ちだった。
「誰よ、あの女……?」
俺が里帆と別れたことをはっきり言ってなかったために起こってしまったことだった。
もちろん、別れたと言えば里帆の家に飛んでいって、全てが白日の元に晒されるとわかっていたからだが……。正直それはかなり面倒くさくなる。愛は正義感が驚くほど強い。寝取られたなんて知れば
――――――
あれ、雲行き怪しいですね
どうなることやら。
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