第6話 意外な出会い

「他人の空似じゃねえの」

「うん、多分そんなとこだろうけど」


 明治大学の講堂で里帆と別れ、授業に向かった。二限も終わり三限の授業を受けに大教室の後ろから三列目のいつもの席に座る。


 ここなら寝てもバレにくいし。一般教養の授業で、一限のゼミと三限の経済学の間が空いたので入れただけだった。人間行動学、興味がなかったからいつも寝ていた。


 俺は寝る体制を取っていると、地味な女子がすぐそばに座った。顔は整っているがバランスが悪かった。顔の割にやけに大きい眼鏡、服装も地味ですぐ忘れてしまいそうな特徴のない娘である。ただ、なんとなく気になった。


「あれ、お前……?」

「どうしましたか」

 隣の女はこちらをチラッと見た。やはりそうだ。意識下にないと見逃してしまいそうだが、しっかり見ると可愛らしさは隠せてなかった。


「綾女さん、だよな」

「あはは、バレました」

 嬉しそうに口に手を当てて、真横の席に座り直した。俺の心臓が高鳴るのを感じた。


「びっくりした、こんなに席が空いてるのに隣に座るもんだから気になったよ」

「やっぱりおかしいかな、それにしてもとうとうバレちゃいましたね」

「とうとうって……」

「前からずっと横の席でしたよ」


「まぢかー、気づかなかったよ」

 地味すぎて意識下に残らなかったのと、講義内容に興味が湧かなかったので、殆ど寝ていたからだ。

 

「もう会えないかと思った」

 本当に嬉しかった。今の格好はジーパンに白のブラウス。服装が地味で話していても多分誰の視界にも入っていないと思う。周りの数人の男女も気にもしていなかった。


「その格好なら目立たないね。本当に意識してないと見逃してた」

 俺は少し大声で話してしまっていた。そのくらい嬉しかった。


「静かに、目立つとまずいから、気をつけないとね」

「ごめんね、確かにこの前のあれ、敵意剥き出しだったもんね。気をつけ過ぎても良いくらいだね」

 俺は声のトーンを少し落として周りを見た。今の声を気にしてる人はいなかった。


 教室に教授が入ってきた。今日の授業は恋愛の人間行動学だった。生徒を見ることもなく、授業を始める。


「ここの先生って人間行動学なのに、人間に興味ないよね」

 屈託のない笑顔で教授を見る。その視線が俺の方に向いた。


「先生は生徒を見てないし、いいか。これ伊達メガネなんだよ。目はいいんだ」

 隣の綾女は、眼鏡を外して、机に置いてこちらを見た。そこにはいつもの綾女がいた。心臓が痛いくらいに高鳴った。顔が紅潮し視線を外した。喉が乾くのを感じた。この授業を受けていて、本当によかったと思った。


「人間は、期待してなかった時に出会った方が恋に落ちるか」

 黒板に書かれた文字を目で追いながら、こちらを向く。


「なんか、わたしたちみたいだね」

 嬉しそうに視線をこちらに向けてきた。綾女は俺のことどう思ってるんだろうか。揶揄 からかわれているんだろうか。


「正直嬉しいですけど、どうしてずっと隣に座ってくれていたんですか」

 隣に座る綾女はほおづえをついて、じっと見てくる。


「ずっと、前から興味があったからかな」

「声も掛けずに?」

「それは無理だよ」


 一瞬、遠い目をした。追いかけても手に入らないような、そんな目をしていた。


「わたしね、普通の娘のような恋はできないと思ってる」


 寂しそうな、それでいて否定して欲しそうなそんな笑顔だった。俺は告白するなら今しかないと思った。


「綾女、……さんのことが好きだ。付き合いたい……」

「わたしは、ダメだよ。きっと君が耐えられないからね」


 勇気を出したつもりだったが、目の前の彼女には届かなかった。綾女と出会って1週間くらいだが、遠くに感じることが何度もあった。


「勇気出したつもりだったんだけどなぁ」


 隣の綾女をじっと見た。綾女は視線を逸らす。綾女にしては珍しい行動だった。


「わたしだって女の子なんだよ。でも、仕事柄、正式にお付き合いした人はいないんだ」


 喉が乾いてくるのを感じた。アダルト女優のイメージと普段の彼女がどうしても繋がらない。


「告白してくれてありがとう。凄い勇気いったと思う。だから、わたしも中途半端なことは言えない。ごめんね、お付き合いは難しいかな」


 綾女は真剣に俺を見て呟いた。


「そう言えばさ、幼馴染の里帆が綾女をどこかで見たと言ってたんだけど」


 告白を断られた俺は他の話題を探した。朝、耳に残った里穂の言葉を思い出す。


「そっか、他人の空似と言うのもあるし、わたし、有名人によく間違えられるから、それだけじゃ分からないけど注意はすべきよね」


 講義の板書はまだ続いていた。告白の時の心理状態が説明されていた。黒板には、顔が紅潮する、胸がドキドキ高鳴る、喉が乾く、相手のことを見てられなくなる、と書かれていた。まるで今の俺だった。


「なんか、今日の雄一みたいだね」


 首を傾げて、嬉しそうに呟いた。いつもの女の子を主張した服も可愛いけれど、地味な服装で可愛い顔は破壊力が半端なかった。そこまで分かってるなら受けて欲しかった。


「そうだ」


 思い出したような笑顔で隣の綾女は、小さな声で呟いた。声は小さかったがその台詞は重く、胸が痛かった。


「来週の日曜日、聖人と会う約束したからね。もうちょっと、だよ」


 ここで止めたかった。心の中で頼むからやめてくれ、綾女は誰にも渡したくない、と言いたかった。でも、そんなこと言うことは、綾女をきっと困らせる。綾女は女の子である前に人気アダルト女優なんだ。聖人のことは別として、俺が言えることではなかった。綾女が聖人と会うのは今日から数えて、ちょうど10日目だ。


「どこで会うの?」


 やっとのことで聞けたのは、これだけだった。


―――――


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