第4話 下校、元カノとの再会

 雄一は講義中、話しかけてくる裕二の質問攻めにあっていた。


「嘘だろ、おい。優衣ちゃ、いや綾女ちゃんだっけ、と一緒に登校して、昼休み一緒にカフェしてたというのか」


 大きい声ではないけれども、教授の耳にも届く声で話していた。大きくない教室で、その声は際立っていた。


「しかも、お金もいらないとか……」


「なあ、お前ら私語をするのなら、外へ出てもらっていいんだよ」


 目の前にはひげ たくわえた教授が咳払いをして立っていた。


「すみませんでした」


 俺も怒られないといけないんだ、とは思った。俺は被害者だ。確かに綾女との出会いは裕二のおかげなんだけれど……。


 散々搾られた俺たちは経済学の講義を板書 ばんしょしながら静かに受けた。


 授業終了のチャイムが鳴り響く。


「それでは、講義はここまで」


 教授はそれだけ言うと教室から出て行った。


「まじか、幼馴染に振られたと思ったら、新たな恋が始まったっていうのか」

「だから、これは恋じゃないって」


 それだけ言うとスマホの時計に目を落とした。待ち合わせ時間まであまりなかった。


「俺行くな。校門前で綾女さんと待ち合わせだから」


 裕二が後ろから覆いかぶさる。重いって……。


「俺も連れてけ! 綾女さんと話したい」


「余計なこと言うなよ。女優の話と

か……」


「するわけねえ。昔の彼女を知ってる俺たちは、天使と思って生きてるんだ。悲しむことなんてするわけないぜ」


「はあ、そうかそうか」


 俺は面倒くさそうに荷物をまとめて裕二と校門に向かった。


「お前のおかげでなんとか吹っ切れそうだ」


「羨ましいぜ、俺は昔からファンなのに同じ大学だとも知らなかったぜ」


 校門前で たたずむ美少女。嬉しそうに綾女が軽く手を振ってくる。隣にいる裕二に気づいた。


「裕二さん? 君もこの学校だったの」

 驚いた表情で裕二の方に向いた。


「いつもお世話になってます。本当にびっくりしました」


 お世話は余計だろ。俺は裕二が毎日励んでる姿を想像して嫌な気分になった。やめてくれ。


「こっちの方が、お世話になりっぱなしだよ」


 隣の俺をみて綾女は嬉しそうに耳のそばで、「また、何か想像した」と ささやきかける。本当に些細なことまでよく気づくな。


「イベントとか近々やるんですか?」

「会員サイトに載せるから。またチェックしといてね」


 笑顔で裕二を見つめて、両手で握手をしていた。まるで握手会だ。綾女はひとりの女の子である前にアダルト女優なんだ。俺は当たり前のことに気づいて、なんとも言えない気持ちになった。


「ちなみに、学校では内緒だからね」

 人差し指で内緒のポーズを向けて笑いかけた。


「もちろんです。今日はありがとうございました」


 何度もお辞儀をする裕二。茶髪の髪が何度も揺れた。こいつ綾女の本当のファンなんだなあ、と思った。


「あれぇ、雄一じゃん。おひさ」


 背後から知っている声がしたため、俺は振り返った。忘れるわけがない。そこには里帆がいた。肩までのショートヘア、一重だがハッキリとした瞳に整った鼻と唇。今日の服は薄い肌色のブラウスに膝下までの黒のスカートだった。


 頭の中を辛い記憶が蘇る。こいつは数日前、聖人 まさとに寝取られた。なぜ、こんなにも平気なんだ。


「今、帰りか?」

 未だに忘れられない傷が疼く。聖人も一緒なのか、と聞けない自分がいた。


「今から帰るところだよ!」


 付き合っていた頃と全く変わらない笑顔だった。いつもの近すぎる距離も変わらなかった。


「あれぇ、もしかして新しい彼女?」


 横を見れば綾女が少しぎこちなさそうな笑顔で立っていた。隣にいた裕二はいつの間にかいなかった。もしかして、あいつ俺に気を遣ってくれたのだろうか。


「いや、綾女さんは最近できた友達で……」

「へえ、と・も・だ・ちねえ」


 自分のことを棚に上げてここまでハッキリした対応を取るとは意外だった。


「えと、わたし、お邪魔だったかな」

「はっきり言って邪魔ね」


 綾女と顔も合わすことも無く、敵対心剥き出しの言葉を投げかける。


「お前には聖人がいるだろ」


「はい? 聖人くんは彼氏。雄一はわたしの幼馴染でしょ。彼女欲しいならわたしに言ってよね。いきなりこんな奴連れてきて、わたしへの当てつけのつもり。雄一、かっこいいから彼女になりたい女の子何人もいるんだからね」


 俺が知らない間に俺の彼女候補を選定していたらしい。予想外の行動に頭が痛かった。


「わたしだって悪いと思ってるんだからね。だから、雄一も辛いだろうからわたしが紹介してあげようと、昨日一人に絞ったのよ。向こうも行く気満々で、それをぶち壊す気?」

 

 いや、凄い不愉快なのは俺も一緒だよ。そもそも見たこともない彼女が欲しいほど飢えてはいない。


「それはないんじゃないかな。あくまでわたしは雄一くんの友達として……」


「はあ、いきなり現れて彼女面? あんたちょっと可愛いからっていい気になってるでしょう。わたしはあんたみたいな奴が一番嫌いなのよ」


 目の前の里帆は怒りを隠そうともせずに、綾女を睨みつけた。


 視界の先に聖人の姿が見えたが、綾女と里帆が争っているのに気づいて、校門に行かずに講堂の方に駆けて行った。


 まあ、腹立つけれども、綾女狙いで里帆キープなあいつの気持ちはよく分かる。俺は思わずため息をついた。


 こいつは寝取られた後も幼馴染でいるつもりなんだ。しかも綾女への敵意は相当なものだ。自分よりずっと可愛いからだろう。そんな里帆が連れてくる彼女候補なんて、見たくもない。


「何なんだよ、この展開」


 俺はため息をつくしかなかった。行き交う学生たちがこっちに視線を向けてくる。一方的に敵意剥き出しの里帆、言われっぱなしの綾女、その真ん中であたふたしている俺。


 春の夕焼けに照らされた校門前で起こった小さな事件。このことが里帆の嫉妬の炎を燃え上がらせるなんて、この時の俺は思っても見なかった。


―――


 無茶苦茶勝手な女でしたね。

 付き合った時には気づかなかったのでしょうか。

 フォロー、星などありがとうございます。

 感謝しています。

 今後とも応援よろしくお願いします。

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