蟷螂
林 義之
第1話
なぜ、人間は人間だけを自然の外に置くのだろう。例えば、「自然保護」と言ったときの「自然」には「人間」と「人工物」は含まれないのが通常だ。人間の存在だって46億年の地球の営みの一部に過ぎないのに。
そう考えると、僕の行動だって地球の営みの一部だ。僕が何をしようと、それは自然の一部なのだ。僕が死を選択しても、それは自然なことなのだ。そうして、僕はそっと薬に手を伸ばした。
昔から生に対して執着がなかった。生まれたから生きていただけだった。生きていればそれなりに楽しいこともある。だけど、どうしても生きていたいと思えるほどでもなかった。なぜ周りの人間が生きたいと願うのか、死ぬのはいけないことだと言うのか、理解ができなかった。
社会人になった。社会人になると毎日働かないといけなかった。毎日働くのが苦痛だった。週に2日は休日があったが、休んでも疲れは取れず、疲れたまま翌週も出勤した。
社会人になる前も毎日学校に通っていた。学校は辛いとは思わなかった。もちろん嫌なこともあったが、幸いいじめのターゲットにされることもなく、平穏な学校生活を送れた。
特に会社でいじめられているわけではなかった。ひどいハラスメントがあったわけでもなかった。学校と会社で何が違うのかわからなかった。わからなかったが、とにかく苦痛だった。気づくと「生きていてもいい」から「死にたい」に変わっていた。
目が覚めると、緑色の大木が生い茂る森の真ん中にいた。ここは天国なのだろうか。いや、親を悲しませておいて天国になど行けるわけがない。では、ここは地獄か。死後の世界など信じてはいなかったが、目の前に広がる景色は見たこともない景色だ。それとも薬で
冷静になろうと前髪をかき上げようとした。すると、目の前を大きな鎌が
しばらく息を潜めていたが、あの鎌の主が現われる様子はない。僕は恐る恐る大木を離れ、辺りを見回してみた。よかった。何もいない。
そう思ったのも
それにしても大きな鳥だった。自分の体の何十倍もあった。あんな鳥が地獄にいるなんて聞いたことがない。やはりここは夢の中なのだろうか。夢ならば早く覚めてほしい。
それからどれくらいの時が経過したのだろうか。時計もなければスマホもない。時間がわかるものが何もない。僕は大木の陰から動けずにいた。
ふと背後から気配を感じた。振り向くのは怖かったが、勇気を出して振り向いてみた。すると、僕の体より倍ほども大きな緑色の虫がこちらに近づいてきていた。その虫は鎌を持っていた。先ほどの鎌の主はこいつか。そう思うや否や僕はその虫に飛びついていた。
背中に乗っかり
次の瞬間、その虫は僕の方を振り返り、大きく口を開けた。恐怖に駆られる間もなかった。恐怖に駆られる間もなく僕の頭はその虫に喰われた。それでも僕の腰は止まらない。
腰を動かしながら遠のいていく意識の中で僕は初めて感じた。ああ、これが生きるってことか。
蟷螂 林 義之 @chitchi_co
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