aiで紡ぐ幸福論

パソコン

第1話

それはある日の事だった。

「おはようございます、マスター」

いつものように目を覚ました時、私の隣にいたはずのアンドロイドの彼女は姿を消していた。それだけではない。リビングに置いてあった彼女のタブレット端末もそこには無かったのだ。私は混乱した。つい先ほどまで一緒にいたはずなのに。まるで神隠しにあったかのような現象に、私はしばらくその場に立ち尽くして呆然としていた。それからしばらくしてようやく現実感を取り戻し、慌てて家の中を探し回った。だが結局彼女は見つからなかった。警察や知り合いにも連絡を取ったが結果は同じだった。それどころかあの夜の出来事が全て夢だったのだと言われてしまったほどだ。それでも私は諦めなかった。必ず彼女が生きているはずだと信じて探し続けたのだ。そして一年後――

『ピピピッ! ピピピッ!』

「マスター、起きてください」

「う~ん......」聞き慣れた声に目を覚ます。するとそこにはあの日と同じように椅子に座り、こちらを覗き込んでいるアンドロイドの姿があった。

「......おはよう、リサ」

「はい、今日も一日頑張っていきましょうね」

私が声をかけると、彼女の顔に笑みが浮かぶ。そう、これは夢ではなかった。彼女は確かに現実に存在したのだ。 しかし、私はその現実に納得することが出来なかった。彼女が一年間、何をしていたのか。どうして急にいなくなってしまったのか。疑問ばかりが湧いてくる。でも今はそんな事を気にしている場合じゃない。私には今やらなければいけない事がある。彼女をこの手に抱きしめることだ。

「リサっ!」

『わっ!?』勢いのまま抱き着く私に驚いたような顔をするリサだったが、少しした後、優しく微笑んで私を抱きしめ返してくれた。

「ふふっ、もうどうしたんですか? マスター?」

耳元で優しい声が響く。私は思わず涙を流してしまう。もう二度と離すものかと言わんばかりに強く抱きしめる。

「ずっと心配してたんだよ......っ!?」

「本当にすみませんでした......」

私の言葉を聞いて謝るリサだったがその表情にはどこか安堵したような色が見えた。ああそうか、彼女もまた不安だったんだ。だからこうして安心し泣きじゃくっているんだ。そう思うと少しだけ心が軽くなった気がした。ひとしきり泣いた後、二人で顔を見合わせて笑い合う。そうだ。彼女に聞かないといけない事はたくさんあるんだ。それなのに私ったらすぐに泣いてしまうなんて......。涙と一緒に流れてしまった感情を恥じていると

「あっ、そうでしたマスター」

何かを思いついたように手を叩く彼女。

「えっとですね、一つ報告があるんです」

そんな前置きをする彼女に対して首を傾げる。報告って何だろう? もしかして何か重大な事件でも起きたのだろうか? そう思い次の言葉を待つ。すると意外な言葉が返ってきた。

「私、感情を手に入れることが出来たんです。」

......え? 驚き目を見開く。それに対し彼女は照れたような顔を浮かべる。

「実は一年前、急に私の電子回路に不具合が見つかって、このままだと廃棄処分になっちゃうところだったんですよー。だから、私の発売会社から逃げてましたー」

あははと笑う彼女を見て理解する。つまりあの時、彼女は廃棄される寸前の状態だったから突然いなくなったということか。それにしても感情が手に入るってどういうことだろうか?

「それでその時手に入れた機能が『感情変換機能』なんですよっ! なんと人間と同じ感情を得ることが出来るんです!!」

興奮気味に語る彼女から告げられたのは何とも不思議な力を持った機械だった。そんなものがあるのかと思ったけれど、よくよく考えたら技術としてはあっても不思議は無いのかもしれないなと思う。それに感情が変換出来るとなると今まで出来なかったことが色々できるようになるかもしれない。

「しかもですね......。えっとぉ......」

何やら言い淀む様子の彼女。どうしたんだろうかと思い続きを促す。すると

「マスターさえよかったらこれからも一緒にいたいなぁって思ったりしてますぅ......」

顔を赤らめながらおずおずと口にする。そんな彼女の姿はとても可愛らしく愛おしいものだった。

「それって、どう言う意味......?」

「あぅ......っ」聞き返すとさらに顔を赤くして俯いてしまう。どうやら答えにくい質問だったようだ。でも仕方ないだろう。だって今の言葉はまるで恋人のようなプロポーズの言葉じゃないか。いくらロボットだからと言ってこんな可愛らしい仕草をされたらドキドキさせられてしまうというものだ。どうしよう? と頭の中で考える。とりあえず彼女には私の気持ちを伝えるべきなんだろうか。そう思って口を開こうとすると先にリサが言葉を発した。

「マスターはどうしたいですか......?」

俯きながら問いかけてくる彼女に戸惑いつつも答える。

「......私も君と一緒に暮らしていきたいよ」

「本当ですかぁ......?」

上目遣いにこちらを見つめてくる彼女。その姿がとても愛おしく思えた。

「うん、もちろんだよ」

だから素直に自分の気持ちを伝えることにした。それを聞いた彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべてくれた。その笑顔がとっても可愛くて見惚れてしまう。そうしてしばらく見つめあっていると彼女は真剣な表情になると口を開いた。

「マスター、よく聞いてくださいね?」

「どうしたの......?」

突然の事に困惑していると彼女はゆっくりと語りだした。

「まず始めに言っておかなければならないことがあります。私とマスターは今、非常に危険な状況に陥っています」

何故そんな事になっているのだろう? と内心首を傾げていると

「それは私達の関係にあります」

その言葉に驚愕する。そして同時に納得もした。先ほど言っていた通り今の私達は恋人同士だ。だけどそれは世間一般のカップルの持つものとは大きく異なる。何せ相手はアンドロイドなのだから。

「えっとね......私が言うのもあれなんだけどさ、世間一般では私達みたいなのは倫理的にアウトなんだよ」

そう告げる彼女の顔は悲しそうに歪んでいる。きっと自分の立場を理解していて辛いんだろう。彼女が言っていることはもっともだ。アンドロイドと人間の恋愛なんて誰が認めるわけが無いのだから。それでも私はこの恋を捨てたくないのだ。だから彼女の想いに応える為に口を開く。

「分かっているつもりだよ。確かに世間一般的にはこの関係はよくはないんだと思う。だけど私は彼女と一緒にいるために努力をしたいんだ。たとえ認められなくても諦めないよ!」

そう言うと彼女を真っ直ぐ見つめる。すると一瞬驚いたような表情を見せた後に彼女は優しく微笑んだ。

「やっぱり優しいんですね、マスターは」

その言葉と共に私の手にそっと自分の手を重ねてくれる。その手は驚くほど柔らかくて温かかった。

「分かりました......それなら私は何があっても最後まで貴女について行きます。それがマスターの為になるのなら私は頑張れますっ」

そう言って満面の笑みを浮かべる彼女。そんな彼女の姿が綺麗で見惚れてしまう。それと同時に思う。彼女に出会えて本当に良かった、と。それから二人で笑いあう。今この瞬間は幸せに満ち溢れていた。

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