5.森のことを学んでいます

 森は本当に広かった。単純に範囲を言えば、一キロ四方の森が伯父の土地だと聞いて眩暈がしてきた。単純計算で100万平米、ha換算だと100haである。


「なんでこんな広い土地を……」


 私は森の広さを聞いて途方に暮れてしまった。


「大丈夫だよ、咲良(さくら)さん」


 ポン、と頭を軽く叩かれて顔を上げた。


「森の手入れは俺も手伝うし、それに……」

「それに?」

「多分だけど、森も協力してくれるはずだからね」


 私は首を傾げた。

 森が協力? まぁ、植物も生きているけれど、どんな風に協力をしてくれるのだろう。それか何かの言い回しかもしれないと思った。

 大熊さんのログハウスは森の北側にある山の中腹にある。そこから毎日私はこの森に下りてきて(下りは十五分ぐらいだ)、管理をすることになるのだ。大熊さんは山の手入れもしているけど、毎日していることなのでそれほど時間はかからないそうだ。だから午後からなら毎日だって手伝えると言ってくれた。すごく心強いと思った。

 実際にはそんなに頼るつもりはない。今は研修期間のようなつもりで、大熊さんについて森の中を歩いていた。

 まだ寒い季節なので私は作業着の上にダウンコートを着ている。ネックウォーマーもして軍手をはめ、これで万全だと出かけようとしたら大熊さんに耳当ても付けられた。


「まだ本当に寒いからね」


 と言われて胸がきゅーんとした。大好きです!

 森の中には川が流れていたり、湧き水が出るところもあったり、竹林があったりもした。イノシシやシカなども生息しているらしく、決して一人では森の奥の方へは行かないように言われた。……でもそれだと私が管理することにはならないのでは? と思った。


「奥の方へ行く時は一緒に行こう。イノシシだけは本当に危ないから」


 確かに突進されたら死ぬかもしれない。

 イノシシは臆病なので音などがすると逃げていってしまうものらしい。なので定期的に大きな音を立てるのが有効だと教えてもらった。大熊さんを呼ぶ笛の他にも違う笛をもらった。これを定期的に吹くといいらしい。

 私は首を傾げた。


「この辺りってクマとかはいないんですか? クマによっては音がすると寄ってくるとか聞いたことがあるんですけど」

「それは熊鈴とかかな。常に音が鳴っている状態だとそれが当たり前になってしまう物もいるんだ。それで寄ってくるクマもいないことはない。人慣れしていたりするクマだと危険だけど、この辺りのクマはそれほど人慣れはしていないから、定期的に笛の音がすれば避けていくよ。それから、もし小さいクマを見つけてかわいいと思っても決して近寄らないこと。親のクマが近くにいたら間違いなく命がないから。もし相手が気づいていなければそっと離れて、十分離れたと思ったところで俺を呼んでほしい」

「それは、こちらの呼び出し用の笛でですか」

「うん、そっちで頼むよ」


 大熊さんを呼ぶ笛は赤いので、これからは赤笛と呼ぼう。私がいることを動物にアピールする為の笛は青いので、青笛と呼ぶことにする。試しに吹かせてもらったが、私には音の違いがわからなかった。赤い笛の方が音が小さめに聞こえるぐらいである。


「俺にはわかるから使い分けをしてもらえるかな」

「わかりました」


 この赤い笛は私の命綱だから絶対になくさないように、大事にしようと思った。


「イノシシに遭遇した時はゆっくりと後ずさってできれば木に隠れたりしてくれ。できるだけ音を立てないように。音を立てたりして刺激をすると突進してくる場合があるからね」


 そういえばイノシシの話をしていたんだった。


「も、もしもイノシシが走ってきたら……」

「木登りはできる?」

「うーん……小さい頃は近所の公園で登ったりしましたけど、とっさに登れる気はしません」


 手入れが行き届いている木だとそもそも枝自体がそんなにないし。


「最悪は……身体をかがめて足を閉じる防御の姿勢をとってもらうしかないかな。練習はしておいた方がいいよ」

「わかりました!」


 イノシシの口元は大体太ももの高さになるからそれを守る為ということらしい。噛まれたり牙で突き刺されたりしたら死んでしまう。普段からやっておかないととっさの時に対処できないと思い、申し訳ないができるだけ大熊さんに見てもらうことにした。


「こう、ですか?」

「そう、しっかり足を閉じて」


 木登りも一応練習した。木に突進されてもいいようにしっかり掴まる必要がある。少し高くまで登れば枝があるから、それで身体を支えるしかない。

 私は虫とか大嫌いなんだけどそんなこと言ってる場合じゃない。イノシシ怖いって思った。

 つーか、森の管理って思ったよりハードじゃありません? 伯母が私を心配してくれたのか、それとも大熊さんの相手を世話したかったのかどっちなんだろう。多分十中八九後者だろうけど。

 そういえば管理をするにあたっての金額などを確認したら伯母は上機嫌だった。どうも今まで大熊さんは森の管理費を少なくしか受け取ってくれなかったらしい。でも私がお世話になるからと今年から家賃代も含めて倍以上の額を払うことにしたそうだ。その他に私に管理費なんてたいへんじゃないのかと慌てたら、


「いいのよ~。税金対策みたいなものだから受け取ってちょうだい。税金として国に払うよりも大事な姪に使ってもらえた方がいいわ」


 と伯母は答えた。心配になって母にも尋ねたがそういうものらしい。


「土地を持っているだけでお金がかかるからね。いろいろ経費として計上できた方がいいのよ」


 というわけがわからないことを言われた。税金のことも勉強しないといけないなと思った。

 本当に私は世間知らずだから勉強しなければいけないことは沢山ある。雨が降ったら作業もできないから、そういう日はログハウスで引きこもりだ。うちの森の川は南側の山から流れてくるそうなので、なにかあればそちらに苦情を言えばいいらしい。


「湧き水も出ているから、ここは豊かな森だと思うよ。落ち着いたら南側の山の管理者にも紹介しよう」

「はい、ありがとうございます」


 誰かにおんぶにだっこなのは変わらないが、一歩一歩前には進めている気がした。

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