6.森の手入れとか、家事のこととか

 午前中は森の浅いところで作業をし、午後は大熊さんと合流してもう少し奥に行って作業をする。

 大熊さんは独り暮らしが長いせいもあるのか、料理上手だった。大きな手で器用に包丁を使い皮むきをする姿にきゅんとした。どうも大熊さんなら私はもうなんでもいいみたいだ。

 好きになるのは構わないが、依存はいけないとその都度私は内心首を振る。そうでなくても私は自分が弱っていることを自覚していた。

 好きだけど、節度を持って。でももし大熊さんに求めてもらえたら拒まない。

 私は自分の中でルールを決めた。

 一緒に暮らすにあたって、私はかわいいエプロンを買った。新婚さんいらっしゃいみたいなフリフリのエプロンだ。(私のイメージです)それで朝食を作ったり~ということをイメージしていたのだが、大熊さんの方が私より遥かに手際がよかった。


「こういうのは慣れだからね。それに俺は料理をするのも好きなんだ。もし咲良さんがよければ俺にごはんは作らせてもらえないかな?」


 と申し訳なさそうに言われて撃沈した。

 きっとそれは私に気を使ってくれたのだろうと思う。パンを焼くぐらいならできるが(トースターが)、その間にスープを作ったりサラダを用意したりハムエッグを作ったりなんて手際よくする能力は私にはなかった。お母さんごめんなさい。もっと家事を手伝えばよかったです。

 そんなわけで私がするのは主に家の中の掃除だ。でも高いところは届かないので結局大熊さんがやってくれる。椅子に乗れば、と思ったけどそれはさせてもらえなかった。大熊さんからするとそういうことはできる人がやればいいということだった。もう、完全に私はただの居候でしかなかった。


「ううう……なんか私にもできることってないのかなぁ……」


 お風呂場も天井が高いからそこは大熊さんが掃除してしまうし。洗濯はしているけど、最新型のドラム式だから乾燥までやってくれる。晴れている日は外に干すけど、危ないからと外での作業は全部大熊さんがやってくれてしまうし……。

 私はこちらへ何しに来たんですかー!?

 ……森の手入れでしたね、ハイ。

 でもそれ以外何もさせてもらっていない気がします。


「いつまでもおんぶにだっこはつらーい!」


 森の奥に向かって叫んでみた。ほんの少しだけこだまが帰ってきた。うん、山じゃなくてもけっこう響くね。


「ここって、叫ぶにはとってもいい環境かも」


 バサバサバサッと音がして近くにいたらしき鳥たちが飛んでいった。うるさくしてごめんなさい。一応頭を下げた。

 午前中は私一人なので森の外側を手入れしている。一人の場合は森にも10mぐらいしか入ってはいけないと大熊さんに言われた。


「それじゃ作業できないじゃないですか」

「そんなことはないよ。森の周りだけでもけっこうな広さがあるからね。毎日周りを見て回るのも大事な仕事だよ」


 と諭された。実際やってみたら、10mでもけっこうきつかった。落ち葉とかはざっくり集めて数か所にまとめておけばいいらしい。全部回収してしまうのはかえってよくないようだ。腐葉土とか、そういう問題なのかな。かといって多いのも問題らしくそこらへんの兼ね合いはまだわからない。

 ログハウスの近くには畑があり、大熊さんは肥料も手作りしているそうだ。彼は一人でいろいろやっているのに全然たいへんそうではない。慣れもあるだろうけど、山に関わる仕事が好きなのかなと思った。

 午後、大熊さんがお弁当を持ってきてくれた。ううう、女子力高すぎだよー。ありがとうございます。

 今日は帰りにたらの芽を採っていこうと言われた。採ってすぐに調理しないとどんどん悪くなってしまうらしい。

 お弁当を食べながら気になったことを聞いてみた。


「大熊さんは山のお仕事が好きなんですか?」

「そうだね。山とか森とか自然に関わっているのが好きかな。イノシシやシカは厄介だから捕まえたりするけどね」

「捕まえてどうするんですか?」

「食べるよ」

「ああ……」


 そっか、って思った。

 そうだよね。イノシシとかシカって増えてるんだよね。ある程度はいてもいいけど、あんまりいると森や山を荒らすし、人里に下りてきて畑とかにも被害を及ぼすと聞いている。ただの殺処分ではなく食べるのならばいいと思う。


「咲良さんは……イノシシとか、シカとかを捕ることはどう思う?」

「え?」


 なんでそんなことを聞かれるのかなと思って聞き返してしまった。大熊さんを見ると、その目に少し緊張の色が浮かんでいるのを見てはっとした。

 もしかして。


「いいんじゃないですか? 今ってイノシシとかシカって増えてるんですよね? 確か……オオカミとかそういう捕食者を人間が狩ってしまったから増えちゃったんでしたっけ? だったら適度に間引くのは当たり前じゃないんですか?」

「……そうだね。そう言ってもらえると……」


 大熊さんの目が優しくなった。


「咲良さん、ありがとう」

「?」


 お礼を言われる理由がわからなくて、私は首を傾げた。


「でもシカはそろそろ狩猟期間が終わるから、そしたらまた冬までは捕まえないよ」

「そうなんですか」

「うん、おいしいから残念だけどね」


 へえ、おいしいんだ、と頷いた。

 ちょっと食べてみたいかも。

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