2.私の方が惚れました

 親戚とは、母の姉家族である。

 母の姉(伯母)は祖父母を看取った後、母の実家で穏やかに暮らしている。祖父母の土地を伯父(伯母の夫)が継いだが(婿養子である)、家の側の山以外は管理しきれないということで別の人に管理してもらっているようだ。そのうちの一つに、伯父のうちから車で30分程いったところにかなり広い森があるというのだ。


「両隣の山が国有林で、北側の山を管理してくれている方が森の管理もしてくれているんだけど、さすがに心苦しくてねぇ。もし咲良ちゃんにお願いできたらこれほど心強いことはないんだけど……」


 父は渋っていたが母が乗り気になった。

 母が車を出してくれ、まだ雪深い山間やまあいの村に連れて行ってもらったのは二月の終り頃だった。

 私は母の実家で、くまさんに出会った。


「まあまあまあ、咲良ちゃんよく来てくれたわね! こちらは大熊(おおくま)さんっていって、うちの土地の北側の山を管理されているのよ。国有林の管理人さんだから大熊さんは国家公務員でね……」

「くまさん……」


 伯母の家の居間にいたのは、頭こそ短髪ですっきりしているが、髭がしっかり生えた熊みたいなおじさんだった。


「熊さんじゃなくて大熊さんね」


 伯母が苦笑して、私の呟きを訂正した。はっとする。本物の熊のはずがなかった。私は何を言ってるんだと狼狽した。


「あ、ああああのっ、すみません!」


 私はバッと大熊さんに頭を下げた。そうしてから、これってもしかして見合いっぽい何かかなと気づいた。


「姉さん、あの……これって」


 母も戸惑ったような声を出したことから、母の感知していない出来事だということはわかって、内心ほっとした。これで母までぐるだったら、伯母の家を飛び出してどこまでも走って逃げていこうかと思ったところである。


「大丈夫ですよ」


 大熊さんの声は優しい。顔をそっと上げれば、優しい目をしているのがわかった。ヒゲがあるから歳がいっているように見えるけど、本当はもう少し若いのかなとも思った。


「まあまあ、座ってちょうだい。大熊さんには本当にお世話になっているんだから!」


 お茶と漬物と煎餅が出され、私は大熊さんの隣に腰掛けさせられてしまった。大熊さんは少し席をずらし、私が座りやすいように動いてくれた。なんだかそれに心がちょっと動いた。


「初めまして、北山さんの森も管理させていただいている大熊と申します。森の管理を姪御さんに頼むと窺ったのですが、とても広い森ですし、森自体には宿泊施設もありません。なのでサポートをしてもらえないかと北山さんにお声掛けいただいたので、本日お邪魔しました」


 それは太い、私の耳にとって心地いい声だった。ちら、とその腕を見ればとても逞しい。

 はっきり言おう。大熊さんは私のどストライクだった。

 使える筋肉って素晴らしい! あーんな自分がモテると信じて疑わない不倫希望の優男なんかの一億倍もカッコイイ!


「サ、サポートって……」

「全くご経験がないと伺っています。ですので森の手入れなど全てお教えします。なんでしたらこちらから送迎もいたします」


 それって、私が森を管理する方がかえって大熊さんの手間になるのでは? と思った。


「大熊さん、ログハウスができたって言ってたじゃない。そちらで咲良ちゃんを預かってもらうことはできないのかしら?」


 そういえば名乗ってもいなかったと気づいて青くなった。それだけでなく、伯母がとんでもないことを言った。


「それなりに広さはありますけど……お嬢さんが嫌がるでしょう」


 大熊さんが苦笑した。やっぱり伯母にとってお見合いみたいなつもりだったようだ。でもそれを私は不快だとは思わなかった。


「すみません、名乗りもせず。私、熊森咲良(くまもりさくら)といいます。ここまで送迎していただくのはとてもたいへんだと思います。もしよかったら……そのログハウスを見せていただけませんか? それで、もし大熊さんがお嫌でなければそちらでご厄介になることは可能でしょうか?」


 我ながらすごい肉食っぷりだと思った。これで大熊さんが引くようだったらこの話はなしにしてもらおう。でも、大熊さんは私の理想なのだ。結婚まではいかなくてもお付き合いしていただけるなら是非お願いしたい。結婚なんて言ったら引かれてしまいそうだし。


「まあまあまあまあ! 咲良ちゃんの好みだと思ってたらやっぱりそうだったのね! 大熊さん、うちのかわいい姪をよろしくね!」


 伯母が盛り上がってしまった。大熊さんは戸惑ったような顔をした。


「お名前は、どうお呼びすればいいでしょうか?」


 大熊さんが頭を掻いた。

 確かに私の苗字にも熊が付いている。


「大熊さん、私のことは咲良と呼んでください」

「咲良さん、ですね。急いで決める必要はありませんが、これから家を見に行きませんか?」

「是非!」


 大熊さんは少し困ったような顔をしていたが、スッと私に手を差し出してくれた。これはきっと、ほんの少しでも脈があるのではないかと私の胸は高鳴った。

 そうしていろいろなことを確認してから、私は三月の頭に山の中腹にあるという大熊さんのログハウスに同居することになったのだった。


ーーーー

肉食系咲良ちゃんかわいい。

次の更新は明日の昼頃になります。よろしくですー

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