1.退職しました
私は熊森咲良(くまもりさくら)という。こちらの森に来た現在、23歳だ。
新卒である企業に就職していわゆるOLというものになった。このまま働いて三、四年も経ったら同じ企業の人と結婚して……なんて未来絵図を想像していたのだけど、現実はそんなに甘くはなかった。
入って三か月もすると、なんかうちの会社はおかしい? と思い始めた。入って二か月目には残業は当たり前、飲み会に引きずっていかれて上司の愚痴を聞かされながらお酌をするのも当たり前。私は身長は160cmもない。顔が童顔なせいかセクハラは受けなかったけど、他の女子社員はみんな胸とかお尻とか触られてどんどん辞めていった。私もその時に辞めてしまえばよかったんだけど、父親から、
「せめて三年は働け! 三年同じ会社で働けない奴に未来はない!」
とか言われてなんとなく勤め続けてしまった。父が怖かったということもあるが、再就職先を探すなんて面倒くさいことをしたくなかったというのもある。
結果お肌はぼろぼろ、目の下のクマは取れず、上司には「熊森のクマは熊じゃなくて隈だな!」とか笑われたりした。その隈をつける原因になったのはアンタなんですけどねぇ?
さすがに精神的にヤバくなってきて、そろそろ心療内科とか探した方がいいかなと思っていた頃のこと。
無理矢理接待に付き合わされ、三十代後半の見た目だけはいい取引先のおじさんに手を握られたりされ、プツーンと何かが切れてしまった。
なにが君さえよければ付き合わないか? だ!
アンタに嫁も子どももいることはわかってるのよ!
見た目がいい優男っていうのは不倫するのが流行ってるのか? 私は優男よりも筋肉ムキムキのでっかい人が好みなんだ。貴様なんかに粉かけられてたまるかぁ! とブチ切れ、三年を待たずに辞表を叩きつけた。
だって、取引がうまくいくかもしれないから、とか上司が不倫を勧めるのよ? こちとら高校生の時にほんの少し彼氏がいた程度の清い未婚の娘です! そんな汚れた世界には足を踏み入れたくはありません!
「そんなんだから処女なんじゃねーの」
とまで上司に言われて殴らなかった私えらい。
そのまま二度と会社には行かなかった。
その後、会社から脅迫するような電話が何度かかかってきた。
お前の仕事の引継ぎはどうするんだ! どうせやってたことは誰かの補佐だから担当に戻せばオールOK!
取引先の心象を悪くした責任をとってもらう! それは会社の責任ですよね? 私何もしゃべってもいませんし。担当は上司ですから。
このまま辞めるんだったら取引先の人にお前の連絡先をリークするぞ! 脅迫ですか? 個人情報保護法って知ってます? 弁護士呼びましょうか?(ハッタリ。でも本気でやるつもりなら弁護士の手配も辞さない。給料は安かったけど使う場所がなかったからそれなりに貯まっている)
給料は絶対に払わないぞ! 労基署に訴えますけど~?
母からのサポートもあり、どうにか年末には目の下の隈も薄くなってきた。
「しばらくうちにいればいいわよ」
母のお言葉に甘えて家でぼーっとしていたら、一月もするとさすがにバイトぐらい探せと言われ始めた。そうだよね~と思いはしたけど、働いていた頃のダメージはけっこうでかかったらしく、身体が思うように動かない。父には、
「怠け病か! 全く三年も勤めることができんとは!」
とかがみがみ言われて困ってしまった。母は心配そうな顔をして、
「あなたは黙ってて」
と父を向こうへ追いやった。
「咲良、もしかしてあなた、うつなんじゃないの?」
「うつ?」
うつってなんだろうとぼんやりしていたら、ある日田舎の親戚から連絡があった。
「咲良ちゃん、家にいるならうちの森の管理をしてみない?」
「森?」
山ってよく聞くけど森ってなんだろう? とちょっとだけ興味が湧いた。
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