20代のあいえお

辻真菜実

 「あいってなんだろう」


 私が初めて君にそう聞いたのは、小学5年生の秋。いつもの公園。お気に入りの木の上。ポッケに入ったクッキーを一枚ずつ食べてる時。

「愛し、愛される人になって欲しいから愛海という名前にした」って親に聞いたから。


愛ってなんだ?気になって気になって。クラスメイトに聞いて回った。

「めっちゃ好きってことじゃない」

「ま、まなみはお子様だから分からないか」

満足する意見がもらえず、もやもやしてた。


「なんでそんな顔してんの?」と顔をのぞきこんでくる君。

「あいってなんだろう」

「どうしたどうした」と笑う君、経緯をざっと話す私。

「うーん。むずいな。じんせーけいけんが足りなすぎる。」

「中学生になったら、分かるかな~」

「中学生になったら、分かる!人生経験増えるし!だって中学やで。」

 クッキーをフガフガ言わせながら自信満々に答える姿を見てたら、真面目に考えるのがばかばかしくなってきて。なんかどうでも良くなった。

 「どんな中学生になるのかな~」そう答えて、木から飛び降りる。体重を受け止めた落ち葉の音。ビリビリ膝に走った衝撃。

 「危ないでしょ~」どっかから聞こえる近所のおばさんの叫び声。「ごめんなさーい」と返しながら公園を駆け巡る私たち。どこまでも青い空。寒さで真っ赤な相手の顔。なんだかどうしようもなく面白くなって、声を立てて笑った11歳。親愛、友愛、恋愛。なんじゃそりゃ。



「愛ってなんだ?」



「まなみ」。

 駅の改札の前で声をかけられたのは20分前。明らかに構ってオーラを出す君を無視して歩くこと、20分。そして今は、公園近くの自販機前。寒いね~と言いながら、何を買うか決めている最中。

 「愛ってなんだ?」

 唐突に尋ねられる。ふと横を見ると、寂しげに俯く人。初めて見る顔に気を取られている私をよそに、勝手にココアのボタンを押して、私の手に握らせてくる。

そこから黙って30歩。気づいたら懐かしのブランコの前。

 何となく沈黙が気まずくて。仕方なくブランコに座り、ゆらゆら揺らす。あー、昔はどっちが高くまで漕げるか競争したっけ。

 プシュって音がして横を見る。鼻腔をくすぐるコーヒーの香り。大人ぶっちゃって。心の中で悪態つきながら、表情を伺う。見たことがない、影のある顔。なんだか見ていられなくて、思いっきりブランコを漕ぐ。

「なんとか言えや」。叫ぶ君。

「中学生になったら分かる言ってたじゃん」。返す私。

「中学生になっても分からなかったわ~」と呟く声は聞こえなかったことにして。

もっと、もっとと足を漕ぎ出す。どんどん視界が高くなって、遠くに富士山が見える。昔よく遊んだ地区センターの建物はいつのまにか壊されていた。



「愛とは○○」



 部活帰り。いつも通り、ポストを開ける。

「愛、分かったかもしれない。日曜5時、いつものところ」

ルーズリーフの端の殴り書き。見飽きたくらい見ているあの人の字。「何があったんだか」そう思いながら、ようやく見慣れた高校の制服のポッケにメモを突っ込む。

 「さっき、大ちゃんに会ったんだけど、久しぶりにまなみと会いたいって。」

母の声を聞きながら、手帳を開く。私はどこまでも行く気らしい。

 日曜日。ちょっとお気に入りのTシャツに着替え、5分遅れで公園に向かう。遠目から見る彼の背は伸びていて。近寄ると、昔みたいにくしゃっと笑った。

 「好きな人できたかもしれない。転んだ時に、絆創膏くれて。話してると心が落ち着くんよ。ついつい見ちゃう。」

 捲し立てるように話す姿は、本当に嬉しそうで、心がキュッと温かくなる。

「好きってどんな感じ?愛、わかった?」。尋ねる私。

「んー。ま、ぎゅーってしたくなるって感じかな」応える君。

 「そっか」自分の口から出た音が、なぜだかとっても拗ねていて。空咳を繰り返して、無理やり誤魔化す。

「変なところ入った?」と手を伸ばす君に、あんたのせいだと心の中で悪態ついて。足を空に漕ぎ出した。

 「気をつけろよ~」という君は、とても大人で。私はとってもとっても子供だった。




「あいってなんだろう」



「久しぶり、そんなおしゃれしてどうしたん」

 友達の誕生日会の帰り。いつもよりちょっとおしゃれして、22歳、おめでとうのプレートも準備して。そんなちょっとお洒落な誕生日会が板についてきた今日この頃。昔と違う茶髪の君が話しかけてくる。


 「ゆっくり話したいから、明日17時、いつものところで会わない?」

 ついに予定を聞くことを覚えた君に一抹の感動を覚えながら、いいよと言葉を返す。それなのに。「明日はそんなおしゃれしてくんな。似合わない」別れ際に、そんなことを言ってくるから。さっき感動したのがバカバカしくなってくる。

 いつも通りGパン、Tシャツ。耳で揺れるピアスは実は新品。「そんな服で行くの」という母の声は華麗に無視して。公園まで歩くこと3分。

 公園に入るなり、「これ好きじゃん」と投げられたココアを片手に。ブラックコーヒーを慣れた手つきで開ける君を凝視する。軽く近況を報告して。想像してたほど大人になれない自分達を嘲笑って。

「中学生になっても、愛、分からなかったわ~」

「高校生の時は分かったかもって言ってたよ」

「いやどうやら、勘違いだったぽい」

「勘違いをあんな熱心に報告された私ってなんなの。」

「ごめんごめん」

顔をくしゃくしゃにして笑う君。懐かしいテンポの良さ。ああ落ち着く感じ。なんだかちょっとやるせない。

「もう大学4年だよ」

「信じられな~。大学4年生とかもう大人だと思ってたのに」

「全然大人じゃない。というか小学生の頃からなんも変わってない。」

「愛、分からんな~。むずいな~じんせーけいけんが足りなすぎる。」

「25になったら分かるかな~⁇」

「いや、30くらいじゃない?」

「やっぱ40になっても『愛なんて、分からん』って言ってるに一票」

 確かにと手を叩いて笑う君を横目に、思い切り空を蹴り上げる。

「競争する?」と笑いながら、目にも止まらぬ速さで追い上げてくる君。「負けず嫌いなのは変わらないんだね」なんて、お互い小馬鹿にしながら。足を動かす。手に力を入れる。どんどん視界が高くなって、遠くに富士山が見える。昔工事中だった空き地に、大きなマンションが建ってるのが見えた。横から風を切る音。声がぐんぐん近づいてくる。

 全力で空を蹴り上げて。パッと手を離した瞬間、足に伝わる衝撃。ビリビリ膝まで響くあの感覚。「たまんないね」と笑う君。そんな君の手を借りて、よっこらしょっと立ち上がる。「だから、危ないでしょ~」どっかから聞こえる近所のおばさんの叫び声。「ごめんなさーい」と返す私たち。どこまでも青い空。寒さで真っ赤な相手の顔。なんだかどうしようもなく面白くなって、声を立てて笑った21歳。親愛、友愛、恋愛。なんじゃそりゃ。

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20代のあいえお 辻真菜実 @Manamikan

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