第3話 秋の気配

金木犀(キンモクセイ)の香りが鼻孔をくすぐる。

空も高くなってきた。

昨日の雨が、大気を洗い流してくれたようで、爽やかな風も頬を擽ってくれる。

キーホルダーにぶら下がっている短波ラジオをONにすると、過ぎ去った夏を惜しむように流れる、稲垣潤一のナンバー。


◇ ◇ ◇


さて、信号停車に引っかかっていると、隣から小気味よいエギゾーストノートが聞こえてくる。

音の方に顔を向けると、白いメットに青い制服、白いバイクに乗ったサングラスのいかついお兄さんが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。


どうやらラジオの音量が大きかった…らしい。

ラジオの音量を落とし、頭を下げる男。


いかついお兄さんはサムアップし、正面を向き直る。


◇ ◇ ◇


信号が変わりクラッチを緩めようとした瞬間、歩行者を引きそうな勢いで信号無視の軽バンが交差点に突っ込み、正面方向へ駆け抜けていく。


次の瞬間、赤色灯を灯し、エンジン全力でかっ飛んでいく白バイ。

一瞬の出来事に男は呆然としてしまう。

ようやく、我に返った男がゆっくりとバイクを走らせ始める。


さて、件の軽バンは二つ目の信号機で見事に白バイのご厄介になっていた。


◇ ◇ ◇


バイクを走らせること二十分。

次の信号を右に曲がると海岸線が見えてくる。


潮騒の音と、ほのかに香る磯の香りが…。


魚臭い!!

どうにも、磯の香りには程遠い…

明らかに煮込んだサバの匂いがする。


匂いに意識が行くと、急に胸元が苦しくなってくる。

胸元が苦しい…、否、胸元が重たいのだ!!

段々と遠退く意識


◇ ◇ ◇


はっ!と意識が戻り、目を覚ます男。


天井が眼前に広がり、下の方に目を向けると…。

箱座りした愛猫が、しきりと男の鼻の頭を舐め回している。


(サバの匂いはこいつが原因か…?)


視線を床に落とすと、猫缶が転がっている。

男の手にはスマホが握られ、バイクのインプレ動画が流れている。


やがて猫が胸元から降り、手をひっかき始める。


「わかったよ。」


猫缶を取り出すべく起き上がる男。


◇ ◇ ◇


猫缶を箱から取り出そうとしたせつな

鼻孔をくすぐる金木犀(キンモクセイ)の香り…。


秋がやって来ていたのだ。


(ところで、稲垣潤一のナンバーは…どこから来たんだ?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る