第3話 鳥のように飛び立つときは死ぬときではないか


 神さまがいた。


 比喩や、空想上のものではなく、神さまが大木のもとに座っていた。


 ジュシュは森を抜け神さまのいる広い原っぱへ分け入ると、遠くよりあおぎ見てペコリと会釈をする。

 神さまはちらとこちらを見たような気もしたが、またふいとどこか遠くを見やる。


 神さまのからだは、村の大人5人分ほどはあろうかという大きなものだ。

 村一番のおじいちゃんであるパオじいよりもさらに深みのあるシワが顔にきざまれていて、白い大量のもじゃもじゃしたヒゲを生やしている。

 頭はほとんどツルツルなのだが、頭頂部だけキュッと白い髪の毛が束ねられていた。


「神さまだー」


 リシューカが指をさすので、あわてて手をつつみ、「ほら、ごあいさつしな」と頭をさげさせる。


「こーんにーちはー!」


 大声であいさつするリシューカに、神さまが目のはしで笑ったような気がした。


 背の高い草木のつづく森とはちがい、神さまのいる原っぱには足首ぐらいまでの高さの草花しかない。

 小高い丘になっていて、空には青空がどこまでも広がっている。


 神さまが背なかをあずける大木は、炎のように、天にむかって燃え立つように、たくさんの葉っぱが空をむいて密集している。

 そして、神さまのまわりには、木の高さ以上の大きさで、うっすらと常に円のかたちの影ができている。


 空に雲があろうとなかろうと、影は常にそこにある。

 たとえ雨が降っても、その影の範囲は決して濡れない。


 


 そのなにかが、いつも神さまをまもっている。


 そうジュシュは村の大人から教えられたし、ここに来たとき、胸の底から自然と敬虔けいけんな気もちがわき出てきて、いつもそう感じる。


「それどうするのー?」


 ジュシュは練習のため、学校の駐輪場へ寄って借りてきたファラノルーカを原っぱに置いて、またがった。


「ノルーカだよ。運動の授業で、みんな乗れるように練習するんだ。まえに1つ、うしろに2つ車輪がついてるだろ?」


 ジュシュは、車輪に指をさしながらリシューカに説明する。

 全体がほぼ木でできているが、車輪だけ鉄で補強されている。まえのものは大きく、うしろのものは小さめの車輪だ。


「これに魔力をこめると、びゅんとまえへ進む……はずなんだけど」


 言いながら、ジュシュは胸の奥から、腕を経由し、手でにぎるハンドルをとおしてファラノルーカへあたたかいものを流しこんでいくように魔力をこめた。

 血が沸き立ちながらめぐっていくように、腕が、手が熱を帯びる。

 ほのかな、夕日のようなだいだい色の光が手を、その車体をつつんだ。


 が、ファラノルーカはのろのろと十数秒をかけて歩幅一歩分進んだだけだった。

 これなら歩いたほうが断然早い。


「はあ、ぜんぜん、進めかたがわからん」


 村の人間は、それぞれの魔力を活用して、あるものは狩りをし、あるものは畑をたがやし、あるものはそれらで使う魔道具をつくり、それぞれの生活を支えている。


 魔力は、ファラノルーカのような魔道具を介して発揮される。

 槍や弓に魔力をこめることで、獲物をかるがるととらえることができ、クワや鎌に魔力をこめることで、ゆうゆうと土を掘り起こし収穫をすることができる。


 ただ適性がある。ジュシュは、ほとんどすべての魔道具に満足な魔力を伝えることができなかった。


 だから、なにをしても、人より劣った。


 できるのは、祖父から教えてもらった人形彫りぐらい。

 だから、授業中、すみでファラノルーカをありのような遅さで進ませるすがたをゲレヒに「おまえ、ほんとにお人形あそびぐらいしかできないのな!」と笑われたときも、反論ができずぐっとことばをのみこんだ。


「先生は、『コツをつかめばきっとできるようになる』って言ってたんだけど……」


 立って魔力をこめてみたり、押してはしりながら魔力をこめてみたり、「ひぇい!」と奇声を発したりといろいろな方法を試してみるが、むしろ効率がわるくなるばかりで、まったく思ったように機能してくれない。


「わたしも、わたしもやる!」


 あたりをはしりまわり、草をむしって虫となにごとか会話をしていたリシューカは、やがて飽きたのかジュシュのもとへとやってきて言った。


「いま、おれが練習してるからだめだよ。それに、リシューカじゃとどかないだろ」


「とどく!」


 何度かさとすが、強硬に主張するので、しかたない、現実をわからせてやろうとファラノルーカの腰かけのところへリシューカをのせる。

 案の定、ハンドルへ手がとどかないし、足置きにも足がとどかずぶらぶらと宙をさまよっていた。


「ほら、とどかないだろ」


「やだぁぁぁぁぁぁとどくのぉぉぉぉぉ」


 リシューカがムリを言って泣き出すので、ジュシュはこまってしまった。

 はぁーあとため息をついて、「ほら」とリシューカを抱っこしてもちあげる。

 自分が腰かけにすわり直し、低い背もたれに体重をあずけるとできるかぎり足を閉じ、そのひざのうえにリシューカをすわらせた。


「これならどうだ?」


「とどく!」


 目をキラキラさせ、リシューカがちいさな腕をいっぱいにのばしてハンドルをにぎった。

「バヒューンズドドドドド」

 ごきげんに効果音を口ずさんでいるが、空想のなかで猛スピードを出してのりまわしているのだろうか。


 ――そうか、でも、自分に足りないのはそういう「猛進するイメージ」なのかもしれないな。


 リシューカが飽きたらためしてみようかと考えていたら、リシューカのからだが橙色のかがやきを放ちはじめた。


 ジュシュのようなぼんやりとしたあわい橙色ではなく、夏の日の夕焼けのような、ギラギラとけつくような強い光。


 見る間に光は強くなっていき、リシューカが「どーん」とさけんでハンドルを強くにぎると、爆発するようないきおいでファラノルーカは前へ飛び出した。


 ガタガタガタガタッ


 車輪がはげしい振動と音を発し、足もとの土をえぐりながら、異様なスピードで前へと進んでいく。

 あわててハンドルをにぎる手を強めるが、いまにも振り落とされそうだ。


「なに、なに……!?」


 リシューカが混乱してとりみだす。


「リシュ、まりょ、おさえ……!」


「えっ、えっ……!?」


 ガチガチと振動であごが噛み合い、まともにしゃべることができない。

 神さまのはるか横を、すぎさっていき、原っぱから森のなかへと突っ込んだ。もろに口のなかに葉っぱが入りむせる。


 ――この先は、崖だ。


 気がつくとジュシュは青くなった。

 このスピードならすぐに崖へたどりついてしまう。


 ――ふたりとも、死、死


 どうにかしなければと、リシューカに「手、はなせ!」と葉っぱを吐き出しながらさけぶ。

 同時にリシューカがころがり落ちないよう腰を抱きしめる。


「っ……!」


 返事はことばにならなかったが、リシューカはとっさに両手をハンドルから離した。


 魔力が断たれればだいじょうぶかと思ったが、いきおいのついたファラノルーカのスピードは落ちる気配がない。


 あ、そうかブレーキだとジュシュが気がついた瞬間、ファラノルーカの車体は鳥が飛び立つようにいきおいよく崖から飛び出した――

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