第12話

 リビングに落ちた静寂はカインの心を押し潰すかのようだった。


 まるで無重力空間に放り込まれたように息苦しく、つい数秒前に口走ったことを取り消したくてたまらない。だがなかったことにはできなかった。

 特に、ロイの力強い視線を感じる今は。


「俺は自分の能力によって、親を殺しかけている」

 深呼吸した息を吐き出すように一気に捲し立てる。それでもロイの反応を確認することはできなかった。

 彼は今、カインの背後に立っていてそこに気配を感じるが、まるで物音ひとつ立てない。ただ黙って、カインが続ける言葉を待っていた。


 誰にも言っていない。捜査局に入るときの面接でさえも。もしかしたらその手の能力者によって引き出されているかもしれないが、極力、自分の奥に押し止め、思い出さないようにしてきた。


「いつの話だ?」

 はっと顔をあげると、隣に立つ男は至って普通だった。軽蔑した様子もない。

 カインはごくりと唾を飲んで答える。


「俺が生まれたときのことだ。母親に抱かれた瞬間、凄まじい電力を放った」

 ――らしい。

 もちろんカインは記憶にない。だがそれで彼女が全身火傷で半身不随の障害を負うことになったのは事実だし、言い逃れるつもりはなかった。


 はあっと大袈裟な溜め息がカインの思考を遮る。

「そりゃお前の意思でも何でもないだろ。まさかそれが自分のせいだと思って生きてきたのか、今まで?」

「彼女は今でも寝たきりの生活を余儀なくされてるんだぞ」

 だから? といいたげな目を向けられる。


「能力の暴走に厳刑がないのは何でか知ってるだろ。暴走は本人の意思によらない、事故だ。規模によっては大災害になることもあるが、それで問題視されることがあるのは能力者ではなく周囲の環境……建物の安全性や避難誘導の機敏性についてだろ」

 言い返す言葉が見つからず黙り込んでいると、ロイはさらに畳み掛ける。


「リアムだってそうだろ? 異能力による事件は往々にして個人の意思によるものじゃない。そりゃ訓練してコントロールできるようになったらその限りじゃないにしても、発症初期や暴走は除外される」

「それとこれとは……」

「違うってか? どこがだ? まさか生まれた瞬間から周囲を巻き込むほどの能力が備わってるなんて誰も予期できなかったってか。だとしてそれがどうしててめえのせいになるんだ?」


 なんとか絞り出した声もあっさり阻まれ、言葉が見つからない。目を伏せテーブルの一点を睨んでいると、突然、頬に両手が置かれた。驚く間もなく顔を上げられる。

 光に反射して青く煌めく瞳がカインを覗き込んでいた。


「不幸な事故って言ってすぐに整理できるもんでもないと思うけどな。お前は何も悪くない。間違っても自分のせいだなんて背負い込む必要はないんだよ」


 片腕で抱き寄せられる。その瞬間、塞き止められていた感情が溢れた。

 抱え込んでいた重荷をやっと解放できたような。自分の存在を認める気になれた気がした、少しだけ。

「くそ……こんなつもりじゃなかったのに」

 目の前が滲みそうになるのを堪えて、カインはくぐもった声を零す。


「カウンセリングならいつでも大歓迎だぞ」

「冗談だろ?」

 からからと笑う声が不意に途切れた。ぽんと肩を叩いて身を離したロイを見上げると、向けられた横顔はかすかに朱に染まっていた。

「いくら相棒とはいえ、夜中に語り合って抱き合ってんのは……さすがに気持ち悪いな」


 急に冷静になったのか、そんなようなことをぶつぶつ呟く男に、カインは思わず吹き出していた。

「今さらか」

「てめえが変なこと言い始めるからだろうが」

「そりゃ悪かったな。気に障ったなら忘れてくれ」

 カインは笑い話にしようとしたが、ロイは真剣な目を向けていった。

「そんなわけないだろ。ありがとう、話してくれて」

 微笑みかけられ、カインは顔が熱くなるのを自覚する。こんな風に真摯に向き合ってくれるとは考えてもいなかった。


 決まり悪く、咳払いしてカインは話を逸らす。

「もうこんな時間か。そろそろ寝たほうが良さそうだな」

「ちゃんと一人で眠れそうか、カインちゃん?」

 立ち上がりかけていたカインは脱力するように椅子へ崩れ落ちる。肘をついた両手の中に顔を埋めて呻いた。

「お前、そういうところだよな」

「飽きないだろ?」

「パートナー解消したくなる」


 きっと睨みつけてやったはずなのに、ロイはむしろ愉快そうに笑い声をあげた。

「まあそう悲観すんな。俺は結構気に入ってるんだよ」

「へえ? だったらもっと苛つかせないようにしてほしいもんだな」

「わかってねえなあ。お前を苛つかせるのが楽しいんだろうが」

 呆れたように溜息され、呻きが漏れる。


「ま、しばらくパートナー替えは諦めろ。ボスもそう簡単に新人を連れてきたりはしないはずだ」

「俺がお前を殺さないうちはな」


 眉を上げてやると、ロイは一瞬目を開き、笑い出すのをこらえるように唇を歪めた。

「だな。その時までよろしく頼むよ、相棒」


 差し出された瓶に、カインは渋々ビールを手にする。ガラスの重なる音が柔らかく響いた。

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無能で有能な相棒 竹屋 柚月 @t-yuduki

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