第11話
「ったく、事件解決したってのに、始末書は納得いかねえ」
リビングのソファにどっかりと沈み込みながら、ロイはまだ唸っていた。
サンダーソンの事件を解決したことは手柄である反面、まだESPIの管轄でないうちから手を出したことについてはしっかり絞られた。カインはもとより謹慎も覚悟の上だったが、立場上、ロイの方が上司にあたるため、事件の始末書を書く羽目になった男はぶつぶつ文句を垂れていた。
巻き込んだのはカインの方なので、とっぷり日が暮れるまでデスクワークに煩わされていた男を、捜査局と目と鼻の先に建つ寮に泊めてやったという流れだ。
ロイの自宅はここから車で一時間近くの郊外にある。
「いつまでここに住むつもりだ。もう一年も経つだろ」
「別に不便でもないからな。追い出されることもないし」
独身寮なので、結婚や同棲を機に出ていく人は一定数いるが、今のところカインにはその予定も相手もいない。
「欠員が出たとき真っ先に声がかかるだろ。非番も関係なく」
「その分安くで住めるからな。食堂も使えるし。それに、そんな頻繁でもないよ」
冷蔵庫からビールを二本取り出し、ロイに一本を渡しながら、ローテーブルの横へ引っ張ってきた椅子へ腰掛ける。冷たいビールが喉を落ちていき、やっと一息付けた気がした。
「局で調べたところ、リアムの能力は予想通り洗脳だった。能力の持続時間は十分程度、半径三メートル以内に相手がいる条件下でのみ効力がある。サンダーソンの事件に関わりがないことは間違いなさそうだ」
ブライトンはリアムの能力を念力系と勘違いしていた。助けを求めた子どもたちが、リアムがテッドを殺したと伝えたためだろう。
サンダーソンの遺体を他人の庭まで運び、その上からベランダにあった鉢植えを落とし、あたかも致命傷になったように見せかけたのはそれが理由だ。結局、無駄な努力だったわけだが。
「もう自白してるだろ?」
ロイはビールを半分ほど飲み干して聞き返す。
「まあな。動機はお前の読み通り、テッドの偽装工作を見られたことで脅されていたようだな」
「いじめを見て見ぬふりするどころか、濡れ衣まで着せようなんて最低な男だな」
ロイは悪態混じりにぼやく。カインも力なく頷いた。
「リアムの方は間もなく釈放されるだろう。結果的に殺してしまったとはいえ、能力の自覚はなかったわけだし、何もしなければ自分が殺されていた」
リアムは当日何があったかすべてを打ち明けた。
屋上に連れ出され、テッドに首を絞められて突き落とされそうになった彼は、強く助けを求める。それが、周囲にいた他のいじめっ子に干渉してしまい……という経緯だったようだ。
「正当防衛だ。初期能力者の施設には送られるだろうが、経歴に傷がつくことはない」
「あの学校とも離れられるわけだし、良かったと思うしかないな」
「彼にとっては新たなスタートを切れるチャンスだろう。リアムなら大丈夫だよ、強い子だ」
カインの言葉にロイはうなだれるように頷く。しばらく沈黙が続いていたが、ふいにロイが視線の先でもぞもぞと居住まいを正し、決まり悪そうに頭を掻いた。
「悪かった」
ぼそりと零された言葉にカインは目を丸くする。一瞬、ロイに言われていると気づかなかった。
「なんだ、いきなり。気持ち悪いな」
「人が謝ってんだから素直に受け取っとけよ」
ビールをぐいと傾けてぼやく。カインも口をつけると、からかう気満々で身を乗り出した。
「何に対して謝られてるんだ?」
ロイはちらっとカインを睨みつけてから、手元のビール瓶へ視線を据えた。
「今回のすべて。リアムが犯人じゃないって決めつけてた、というか信じたかった」
ロイの告白に小さく吐息を洩らす。
「ああ、わかるよ。特にお前らの親密な空気を見たらな。一度や二度話した仲じゃないんだろ」
「お前を自販機に引き合わせた後にも何度か会ってた」
そう頷いて唇を噛む。事件が起こる前にリアムを助けられなかったことを悔やんでいるのだろう。
「だからって、お前が負い目を感じる必要はないと思うぞ」
「もっと力になってやれたかもしれない。テッドが死ぬ前に教師に相談できたかも」
「できたとしてもあの教師が動いたかは謎だけどな」
むっつりと呟いたカインの言葉に、ロイは溜息した。
「何にせよ、お前に助けられた。お前の頑固さと疑い深さには」
「褒め言葉として受け取っていいんだよな?」
カインは混ぜ返そうとしたが、視線の先で頷くロイは真顔だった。
「お前まで目を曇らせてたら、今頃あの男はのうのうと教師を続けてただろうしな。いじめもやり過ごして」
緩い沈黙が落ちた。ロイがビールを飲み干すと、勝手知ったるキッチンから二本目を取りに立ち上がる。背後で冷蔵庫を開閉する音を聞きながら、カインはぽつりと零した。
「今回、リアムに拘ったのは、俺自身が自分の能力で人を殺しかけたことがあるからだ」
なぜこんなことを口走っていたのか、カインにも謎だ。ビールのせいにするにはまだ時間が浅すぎる。
ロイも不審に思っているのだろう。背後からの声は訝しげだった。
「こういう仕事についてたら仕方ない部分もあるだろ」
だがカインはその言葉を予測していたように、彼が言い切る前から首を振っていた。
「仕事じゃない。ずっと昔の頃の話だ」
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