第10話

 数日後、ロイはカインを連れて、再びランズベリースクールへと来ていた。校門をくぐる直前、待ち構えていたかのように男が立ちはだかる。

「もう来られないはずでは?」

 ブライトンの傍らにいたリアムに目配せし、ロイは軽い口調で答えた。

「今回で最後にするよ」

「ではお帰りください」

 彼はにこやかに二人の背後を示す。


「テッドの自殺は自殺じゃない」

 ロイは無視して本題へ切り込んだ。愉快な話ではない。男の探るような瞳を見据えながらロイは落ち着けと深呼吸する。

 表面上は冷静を保っているつもりだが、内心は煮えくり返るほど怒り狂っていた。

「その後の不可解な事件、ドライアイスとボールペンの件もな。すべてリアムがやったことだ」


 ブライトンは隣にいたリアムを一瞥した。その目は一瞬鋭く光ったようにロイには映り、少年は肩を縮める。

「子どもに八つ当たりすんなよ。調べればすぐにわかることだ」

「彼はテッドに虐められていた。二つの事件の被害者も、彼と同じグループで虐めに加担していた生徒たちだ。まさか知らなかったわけないよな」

 口を開きかけたブライトンを遮るようにカインが冷たく言い放つ。ブライトンの視線が滑る。


「いじめられた復讐で彼がやったと? 証拠はあるんですか」

「リアムが認めている。テッドの件は偶然起きてしまった事故だと思うが。その後の二件は意図的にやったと」

 カインの説明を聞きながら、ロイは歯噛みした。そっとリアムを見やると、彼は頷いて見せた。ロイを勇気づけるように。

 若干十歳の少年は既に腹をくくっている。


「それは――それが事実なら非常に残念です。だがリアムはまだ未成年だ。しかも偶発的に発症した能力による事故は罰せられないはずでは?」

 若い男性教諭は冷静にそう指摘してきた。


 彼の言い分は正しい。現法律では、意図的に能力を使用した証拠がなければ処罰されることはない。自分の意志とは関係なく能力が暴走する事例や、能力発現当初で制御できない人間を守るためだ。

 リアムの場合は、能力のコントロールができていないため施設に送られることになるだろうが、自由が奪われるわけではない。


「その通りだよ。だがあんたはテッドの件は知らなかったんだろう。それともあんたが自殺に見せかけたのか?」

「いいえ、知りませんでした。その後の事故についても、リアムが起こしたものとはまったく気づかず……」

「だよな。じゃあなぜリアムが能力者だと知っているんだ?」


 目の前の男は微動だにしなかった。今、すました顔の内側では目まぐるしく弁解を組み立てているのだろう。

 ブライトンは当然の流れで意図しない能力発症は裁けないと語ったが、ロイはまだリアムの能力については触れていない。


「能力の件についてはまだ誰にも話してないんだよな?」

「誰にも言ってない。あの日、屋上にいた人なら気付いたかもしれないけど」

「サラたちの話から……能力が関係しているんじゃないかと……」

「ほう。それを知った上で、彼女たちを口止めして事件をうやむやにしたのか?」

 言葉の端々に棘があるのを自分でも自覚するほどだった。

 ブライトンはぐっと言葉に詰まった。唇を噛みしめ、地面を睨みつけている。もう言い訳も出てこないようだった。


「二人とも白状したよ。テッドの事故についてあんたに泣きついたと」

 あの日、何が起きたのか。ロイたちが迫ると少女は泣きながら打ち明けた。

 彼らは放課後、リアムを屋上へ連れ出した。いつも通りの光景だったはずが、気づいたときにはテッドが屋上から落ちていたという。パニックに陥った生徒たちは、大人に助けを乞うた。


「翌日、恐る恐る学校へ来てみると、テッドは自殺で処理されていた。訳がわからなかったが、誰もわざわざ詮索しようとはしなかった。あんたはうまくいったと安堵しただろうが、一人が見逃してくれなかった。隠ぺい工作がバレたのか、いじめの件が原因だったのかはわからないが、脅されたんだろ」

 ロイは一拍おいて、男性教諭を凄む。


「サンダーソンを殺したのはあんただろう、ブライトン。事故として処理されればそれでよし、事件と判断されてもリアムを売ればいいと考えて」

「……私がやったという証拠はない」

 蚊の鳴くような声だった。ここに来てまだ逃れようとする貪欲さにはいっそ感服さえするが。


「その発言が一番の証拠になるけどな」

 ロイは気怠げに首を振る。

「あんただけなんだよ。テッドの事故を偽装する必要があったのは。そろそろ学期も終わる頃だよな」

 それた話題にブライトンの体がぎくりとこわばる。それがなんだと呟かれた声は宙に消え入った。


「本当にテッドが“事故”だったのなら、わざわざ“自殺”に偽装する必要はない。殺してしまったという負い目はあれど、直接手を下したわけじゃないし、まだ十歳前後の子どもがそこまで必死に隠そうとも思わないだろう。だが一人にとっては偽装する必要があった――そこにテッド以外の人間はいなかったと偽装する必要が」


 学期の終わりには教師に対する評価が発表される。結果によってはクビになる可能性もあるだろう。特にいじめが発覚したとなると、学校はおろか、保護者からの印象も悪くなるのは明白だ。

「あんたは自分の評価のためだけに、一人の人間のいじめをもみ消した」


 ぴしっとブライトンの体が硬直するのが伝わってきた。その反応だけで犯行の告白には十分だった。

 カインにアイコンタクトを送る。彼が動き出したのとほぼ同時、視線の先でブライトンが何かを取り出した。

「待てグランピー!」


 リアムのか細い悲鳴はロイの叫び声にかき消される。

「警察は事故だと断定したのにどうして今更……っ」

「落ち着けブライトン。その子を離せ」

 彼は手にしたナイフをリアムの首元へ当てたまま、じりじりと後ずさる。距離を保ったまま、やがて彼らの立ち位置は逆転していた。慎重な足取りで校門までたどり着くと、男はどんとリアムの背を押して逃げ出した。

「カイン!」


 リアムに駆け寄りながら相棒に声を飛ばすより早く、彼は電撃を飛ばしていた。

「けがはないか?」

「ロイ!」

 リアムが頷く向こうから、カインが大声で叫ぶ。

「能力が利かない」

 ロイは舌打ちすると、カインに代わって駆け出した。男は向かい側の歩道を遠ざかっていくところだ。姿が見えるうちに距離を詰めたい。


 正面から突っ込んでくるトラックにぶつかりそうになりながら、道を渡る。背後ではクラクションと怒声が飛んできて、目の前ではベビーカーを押した親子をぎりぎりのところで避け態勢を崩すも、ブライトンの姿は視界に捉えていた。


 ロイはさらにスピードを上げ、角を曲がる男に向かって突進するようにタックルした。ブライトンもろとも地面へ二転、三転と転がってやっと押さえつける。


 手錠をかけると、男は拳で地面を叩きつけた。

「クソっ、俺が能力者に捕まるはずがないのに」

 息を切らしながら掠れ声を絞り出す。

「お前、無効化能力なのか」

 納得に頷きながらしみじみと呟いて、ロイはにっこりと教えてやった。


「俺は非能力者だよ。残念だったな?」

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