第9話
十分後、車は見覚えのある場所で止まった。数日前、ロイに連れられてやってきた路地裏の自動販売機。そのそばに、少年は項垂れるようにして座り込んでいた。
「よお不良少年」
ロイが存外明るい声をあげる。顔を上げたリアムはロイと目があうと頬をほころばせた。前回会った時よりも二人はずいぶん親しげに映った。
カインの姿に気づくと彼は僅かに顔を引き締めた。
「今回も盗みに来た?」
「盗みとは人聞きが悪いな。ありゃ盗んだんじゃねえ、返してもらっただけだ」
そう軽口を叩きながら彼の隣へと腰かける。
「サンダーソン先生がなくなったのは知ってるか?」
ロイの声は柔らかかったが、それでもリアムの表情が緊張にこわばった。カインは自販機へもたれかかって二人のやり取りを見守る。リアムは目線を落とすと静かに頷いた。
「彼を殺したのはお前か?」
あまりに直球の質問にカインは無言で天を見上げる。案の定、リアムも強く首を振っていた。ロイが無頓着な目で見上げてくる。
「違うってさ」
「そんな聞き方があるかよ」
カインが呆れて言い返した時、少年が「でもっ」と勢いよく顔を上げた。彼は唇を噛んで、その先を躊躇っている様子だった。
「どうした?」
ロイが彼にしては珍しく優しく促す。彼に勇気づけられるようにリアムは口を開く。だが言葉は続かなかった。
リアムの頭がはっと跳ね上がり、息をのむ。彼の視線の先を追ったとき、目の前を少年が横切った。リアムが二人に背を向けて逃げ出したのだ。
「待て――っ」
慌てて伸ばした手で掴みかかり、思いのほか力がこもる。少年の腕は華奢で手の中でぽきりと折れてしまいそうだ。リアムが苦悶に表情を歪めるのを見て、カインは「悪い」と掴む手を離した。
その隙に彼はするりとカインの手から滑り抜ける。
「リアム!」
叫んで追いかけようとしたその時、カインの肩がぐっと掴まれた。そのまま背後へ力強く引かれ、振り返らされたかと思うと、左頬に強い衝撃が走っていた。
訳が分からず地面に倒れて灰色の空を見上げる。殴られた左頬にじんじんと鈍い痛みが広がり始めていた。頭が整理できないまま、仰向けになるカインの上に男がずしりと乗ってくる。
その目を見て、ぞくりと悪寒が走った。
ロイの灰色の瞳には、疑いようのない殺気が溢れていた。
「落ち着け、ロイ! 何してるだ、お前っ?」
体をひねってギリギリのところで彼の拳を避けながら、何が起こっているのかなんとなく想像がついていた。
――突然声が聞こえて、命じられた。
不可解な事件の被害者たちの言葉が過る。カインがその声を聞いていないことを考えると、ロイの脳内に直接干渉したのだろう。
そしてタイミングと消去法で能力者はおそらく……。
止めどなく無駄のない拳が、防御するカインの腕に痛みを残す。這い上がるように立ち上がるがそのまま息つく間もなく攻め込まれてカインはあっという間に狭い路地で壁を背にしていた。
逃げ場がない。隙もない。
いつもならばこのでたらめな強さが頼もしい限りだが、今に限っていえば勘弁してくれと嘆きたくなる。
相棒相手に能力を使いたくはないが――カインはちらっと片目をリアムの逃げた方へ投げる――リアムはおろか、彼が見た男の姿も既に消えていた。
悠長なことを言っている場合ではない。
「クソっ」
吐き捨てるとカインはなんとか手を伸ばし、片手でロイの腕を掴んだ。そのまま全力で電気を流す。ビリリッ――とロイの体が不規則に震えたかと思うと、彼は意識を失った。
「すまない、ロイ」
重く倒れ込んだロイを抱え苦々しく囁く。この捜査官相手に生半可な力は無意味だと、これまでの経験で学んでいたが、いざ自分が倒すとなると気分が悪い。
首筋に手を当て安定した鼓動を確認し、ほっと安堵する。とはいえこの場に放置していくわけにはいかない。ひとまず車に運んで――。
「うぅん……」
耳元から悪態のような呻きが聞こえて、カインはぎょっとした。今しがた気絶していたはずの男が、抱え上げたカインの腕の中でもぞもぞと動き出していた。
「下ろせ、グランピー」
「なんで起きれるんだ!」
自分でいうのもなんだが、それなりの力を込めたつもりだ。耐性のある人間はおろか、非能力者がそう易々と意識を取り戻せるはずがない。
「全身が痺れる」
慎重に両足を地面へつけると、ぼそりと零してロイは当然のようにその場に立っていた。まだ片手をカインの肩に置いているとはいえ、ほとんど自分の足で自立している。
バケモンか、こいつ?
「どうなってんだよ、お前……大丈夫なのか?」
「自分のパートナーに倒されたことか? それともパートナーの忠告を無視してまんまと洗脳されたことか?」
「それだけ皮肉が出てくるならホンモノだな」
「ああ、お前の電撃で洗脳は解けたよ。お陰様で」
「仕方なかったんだよ、ロイ。お前相手に手を抜いたらこっちが殺される」
「お前の判断は正しいよ。さっきの俺は確実にてめえを殺しにいってたからな」
俺の意思じゃねえけどな、と嫌味っぽく付け足す。
だがカインは別のところに引っかかっていた。
「記憶があるのか」
「あの学生たちと同じさ。脳内に指令が聞こえた。助けてってな」
「……それだけか?」
「それだけだ、ああ。不満か?」
「まあそれだけで殺しにかかられたらな」
もの言いたげな目をくれると、ロイはどこか不貞腐れたようにぼやく。
「悲痛な叫びだったんだぞ。生ぬるいことできねえだろうが」
「おそらくだが、そのヘルプは俺に対して言ってるわけじゃない」
「だろうな。タイミングが悪かったんだろ」
あっさり頷く男に、カインははっと相棒を見やる。
「お前も見たのか?」
「いや。だが誰かを見て怯えたのはわかった。お前は見たのか?」
はっきりと頷く。その名前を聞いたロイは苛立ちの溜め息を吐き出した。
「そいつが生徒たちを脅していたのだとすると、サンダーソンの件はおそらく――しかしどうしてリアムが……」
苦し気に顔を歪めたロイはポケットから携帯を取り出した。しばらく誰かと話をして、通話を切った彼の表情は一層苦々しげに曇っていた。
「動機が分かった」
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