第7話
改めてカインから事故に遭った二人の生徒について聞くと、一人は入院中だった。
理科室でドライアイスを掴んだという女生徒は、手や腕にかかるまで白い包帯を巻いていた。その包帯からはみ出た指には水膨れの痕が覗き、痛々しい。
ロイが話を切り出すと、彼女は不安げに顔を曇らせた。
「何も覚えていない。ただ直前に誰かに何か言われて」
「誰に?」
「わからない。声も、靄がかかったみたいにはっきりしなかったし、友達に聞いても首を傾げてた。ただドライアイスを掴めって強く命じられた気がして、気づいたら病院にいた」
彼女は二人の視線を恐れるように常に顔を伏せていた。精神的に不安定に見える。軽傷だったようだが、彼女を止めようと周囲にいた生徒たちも軽いやけどを負っており、その中には仲のよかった友人もいたようだ。
「一生痕が残るかもって。私、とんでもないことをしたって、怖くて」
「君の意思じゃないだろう?」
彼女は首を振ってうなだれた。
「リアムは知ってるだろ。君のクラスメイトだ」
質問を変える。顔をあげ、少し間を開けて頷いた。
「それが何?」
「彼が不登校の理由を知ってるか?」
「さあ」
さっと目を逸らす。その仕草はどこかぎこちなかった。
「別に仲がいいわけじゃないし。なんで彼の名前が出てくるの?」
「彼を疑ってるからだ」
カインがそう断言すると、少女は目を見開いた。さらに隣からも抗議の目を向けてやったが、奴は気づかないふりで少女に視線を据えたまま続けた。
「どう思う?」
「え、そんな……でも」
「でも、なんだ?」
鋭く問い返すロイに彼女はしまったというように顔を歪めた。
「彼は非能力者だけど、もしかしたら能力がある……のかも。最近、いつもと様子が違うみたいだったから」
「はっきりと能力者だと感じる何かがあったのか?」
ロイがそう迫ると少女は「わからない」と力なく声を落とした。
ボールペンを自分の手に突き刺した男子生徒はすでに通学を再開していた。保健室に現れた彼は、左手をギプスで固め「まだ鈍い痛みがあって使えない」とのことだったが、それ以外は問題なさそうにみえた。
話は先程の女子生徒と似たようなもので、直前に声が聞こえ、強烈に突き刺したくなったとのことだった。リアムの不登校については目線を彷徨わせ、知らないと取り合わなかった。
「何か隠してるな」
昼休みに入り、教室を出ていく子どもたちの間を抜けながらロイは独り言ちた。
「二つの事故は精神的な干渉だろ? 自殺も、本当に自殺だったのか怪しい」
「まだ決めつけんな」
と言って、吐息をつく。
「だが調べないわけにもいかないな」
スマホを取り出すと、ロイは短縮ボタンを押す。
「エリオット。ちょっと調べてほしいことがあるんだ。ランズベリースクールで起きた自殺の件なんだが」
三分と経たないうちに返ってきた言葉に、ロイは眉間に皺を寄せた。
「本当か? ……ああ、わかった」
「どうだった?」
通話を切った瞬間カインが覗き込んでくる。ロイは投げやりに報告した。
「すでに土葬にされたってさ」
その返答に、カインもロイと同じように眉根を寄せる。
「親は何も疑わなかったのか?」
「みたいだな」
「仕方ない。直接リアムに話を聞くしかないか」
「すみません」
廊下をうろついていると、背後から声をかけられ二人は同時にその場で振り返る。スーツを身にまとった、二十代ほどの若い男が、彼らに向かって手を挙げていた。
「私のクラスの生徒たちに声をかけているそうですが」
「失礼ですがあなたは?」
「担任のブライトンです。いったい、どのような用件で?」
「ちょうどよかった。今日、リアムは来てるか?」
ロイの問いかけに、ブライトンは言葉が通じない子どもを見るような目でロイをみやった。
「こっちの質問には答えていただけないのですか?」
「これも仕事でね」
さも当然という態度で佇んでいると、何を言っても無駄だと悟ったのか、男は渋々口を開く。
「彼なら今日は休みです。まだうちの生徒に付きまとうつもりですか。いったい何を調べているんです?」
「いや。まだ事件と決まった訳じゃないんだが……」
「テッドの自殺についてはどう考えている」
カインが濁した語尾を掻き消して、ロイは水を向けた。唐突に話を変えられ、ブライトンは困惑の表情をあからさまにした。
「そりゃ、痛ましいし、こうなってしまったのは我々教師の責任でもある。今後このようなことがないように、生徒たちにはしっかり向き合っていきたいと考えています」
まるで監査にでも入られたかのような口調だ。いや、もしかしたら彼はロイたちのことを教育委員会だと思っているのかもしれない。
「最近この学校で起きた事件は被害届が出されていない。あれは解決したのか?」
「被害届も何もあれは事故ですよ」
さらりと答える男にカインがぴくっと反応した。
「犯人は存在しないと?」
「いませんよ。あえて言うなら、やった本人ですかね」
今度はひどく余裕を湛えた声色だ。
ロイはつい鼻で笑っていた。
「まさか本気で言ってねえよな?」
「何?」
「ロイ!」
男は名誉を傷つけられたかのように睨み付けてきた。上等だ。我慢比べでロイに勝てるとでも?
だが決着が着くより先に、慌てた様子のカインが割って入る。
「失礼しました。これ以上ご迷惑をかけることはありませんので」
「そうしてください。すでに苦情を入れられてもおかしくない状況ですよ」
カインがまったくその通りですと言いおいて、ロイは彼に引き摺られるように学校を後にした。
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