第6話

「ちょっとこれを見てくれ」


 カインはオフィスにロイがいるのを確かめると声をかけた。今日は出動もなく、事務所内を多くのスタッフが行き来し、穏やかな空気が流れている。

 その中で目的の人物はデスクに山積みになった資料の中に埋もれていた。カインの呼びかけで、なけなしのスペースへ鎮座させたランチの紙袋を開く手を止める。

「仕事か」

「いや。気になるニュースがあったんで調べものをしてきた」


 ページを開いたタブレットを手渡してロイの右隣のデスクに腰かける。資料に目を落とした隙に紙袋を漁ろうとすると、タブレットから顔も上げずに手をはたかれた。

「いいだろ、一つくらい」

「自分で買ってこい」

 そう言い合う間にも読み終わったらしく、タブレットを返される。


「これがどうした」

 ロイは興味無さそうに聞き返しながら紙袋を引き寄せると、サンドウィッチを取り出した。照り焼きチキンの甘辛い匂いを漂わせながら、カインの目の前でこれ見よがしに齧りつく。

「本当に性格悪いよな」

 と口の中で毒づきながら、カインは渋々当初の話題へと戻す。


「亡くなった男性は、ランズベリースクールの教師なんだ」

 事件は昨夜、人気のない住宅街で起こった。事件と言うより事故で処理されたようだが。昨夜、被害者である四十二歳のデリック・サンダーソンは頭を打ち、倒れていた。それも他人の敷地内の庭の中で。


 報道によると、どうやら昨夜の夜遅く帰路についていた彼は、近道のため、前の家の庭を突っ切ろうとした。その際、二階のベランダに飾ってあった鉢植えが運悪く頭上へ落ちてきた。

 男の周囲には土や割れた鉢植えが散乱しており、深夜とはいえそれなりの音がしたはずで、少なくとも家主は気づいたはずだが、事故のあった時間に家には誰もいなかったらしい。今朝になって帰宅し、見知らぬ男性が自宅の庭で倒れているのを発見して通報に至った。


「ESPIさまの出る幕じゃないだろ」

 ロイは先日の警察官をまねて嫌味たっぷりに言い返す。

「聞こえてたんだな」

 完全に無視していたから聞こえていないのかと思っていた。


「それで?」

「おかしいだろ? いくら深夜といっても他人の敷地内を通っていくか?」

「そっちの方が近道だったんならおかしくもないだろ」

 いや、おかしいだろう。

 事故のあった家には防犯カメラの類いは設置されていなかったが、周囲には他の住宅が並んでいる。カインの印象では、ショートカットになるほど広い敷地というわけでもなかった。


「それにランズベリーの関係者だ、また」

「ただの偶然だろ」

 だがロイはコーラを飲む寸前、ちらっと視線を逸らす。何か引っかかるのだろうが、とりあえず追求せずにカインは続けた。


「それで調べてたんだ。ランチも返上してな」

 嫌みっぽく紙屑を睨んで見せるが、ロイはただ鼻を鳴らした。

「誰も頼んでねえことでアピールされてもな」

 と冷たい。


 まあいい。報告後に自分もファーストフードでも買ってこよう。もうすでにサンドウィッチの口になりながらカインは成果を聞かせてみせた。


「二週間前の自殺が起きた後にも、あの学校内で妙な事件が多発してたんだ」


 カインたちが偶然学校前を通った日の三日後。理科室で実験中、一人の生徒が突然素手でドライアイスを掴み大やけどを負う。

 さらにその四日後、算数の授業中、男子生徒がボールペンを自分の手に突き刺した。自立するほど勢いよく。周囲に血と悲鳴を飛ばし授業を一時中断させる。

「そして昨日の事故。な、おかしいだろ」

「正気の沙汰でないことは確かだな」

「全部、リアムが出席した授業で起きてる」


 ついそう付け足したことを後悔した。ぎろっとロイに鋭く睨まれる。

「何が言いたい?」

「いや、ただ事実を述べただけだ。すべて彼の近くで起こってる。何か知ってるかも」

「昨日事故に遭った男はリアムに関係ないだろ」

「直接の関わりはないが同じ五年担任で、隣のクラスを受け持っていた。お前も知ってる通り、リアムは学校を休みがちだった。調べてみたが週に二、三日出てれば多いほうだ。何かしらの因果関係はあると考えるのが自然だろう」


「考えすぎだ。偶然だろ」

 数分前と同じ言葉を繰り返す彼の目は、鋭く一点を見つめていた。はっきりと疑いを持ち始めている。カインの思惑通りに。

 黙っていると、目の前で不意にロイが立ち上がった。


「どこへ行くんだ」

「昼飯だよ」

「今のこれは?」

 ゴミ箱に捨てられた紙袋を指さす。ロイはそちらを見やって無頓着な表情で首をかしげた。

「食前酒?」

「化け物のセリフなんだが」

 呆れて首を振りながら、カインは相棒の後を追った。

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