第2話
それから一週間後、ロイは再びこの近くに来ていた。今度は仕事がらみで。今日の相手は煙幕を発生させる能力者だった。周囲を煙に巻き、姿を消しては思わぬところから現れる。厄介な能力者だ。
「そっち行ったぞ、グランピー!」
自身にまとわりつく煙にせき込みながら、ロイは相棒にむかってがなり立てる。その数秒後、視線の先で派手な音を立てて
二人があらゆるルートを塞いだため、煙野郎はロイの思惑通り、カインの元へと誘導されてくれたようだ。
まるで神の怒りに触れたかのような閃光は一瞬で消え去り、後には視界を真っ白にする後遺症を残して暗闇が支配する。うっすらと煙が晴れ始めていた。パチパチと周囲を焼くようなにおいの中、ロイは相棒を見つけ出す。
「無事か」
「気絶しただけだ。救助隊に任せた」
どちらともなく向けて投げた言葉を、彼は能力者に対するものと捉えたようだ。救急車が唸るサイレンが遠ざかっていくのを見送って、ロイは一つ頷く。
「よくやった」
「まあ今回はそんなに難しい案件じゃなかったしな」
きまり悪そうに視線を逸らす。その横顔が微かに赤らんでいるのを見てロイはほくそ笑んだ。
ロイのパートナーとして一年ほど共にしてきたカイン・ラングリッジは、他人から褒められることに馴れない。これを見て、やっと仕事が終われるというものだ。
「じゃあ俺らも帰るか、グランピー」
その場の荒れ果てた惨状を事後処理班に任せて、ロイは男を連れて歩き出す。
「いい加減にその呼び方やめたらどうなんだ」
不貞腐れた声にロイはちらっと隣をみやる。ロイより5センチ高い182センチの大男は不満げに顔をしかめていた。
「そうだ。お前に紹介したいやつがいるんだった」
車を発進させ、捜査局に戻ろうとその道を通ったとき、先週のことを思い出してそう声に出していた。
「なんだよ、突然改まって」
意味深な発言にカインは警戒するように眉根を寄せる。だがロイは詳しい説明もなしに車を停めた。
あらゆる臭いの混ざった、古い中華の店と雑居ビルの隙間を縫うように進むロイの後をカインも追ってくる。
「先週、こいつに200ドル札を飲まれた」
例の自動販売機を顎で示すと、案の定、鼻で笑われた。
「日頃の行いが悪いからだろ?」
ふざけたことをほざく男を無視して、ロイは背後を振り返った。
「だからお前の力を使えば返してもらえるだろうと思ってな」
「そんなことのためにこんな路地裏に連れてきたのかよ」
「そんなこととはなんだ。200ドルだぞ? お前も体験したらわかるぞ、あの絶望」
「俺に言う前に業者に連絡しろよ」
「俺が儲けてからな」
国家捜査官の言うセリフかよとカインがぶつぶつ唸るのを無視して、自販機を振り返ると、同じ顔が視界に映った。あちらもロイに気付き、壁にもたれて座っていた彼は顔を上げて小さく口を開く。
「よお。また会ったな、坊や」
「坊やじゃない」
少年は少しムッと頬を膨らませて抗議する。
「何て呼べばいいんだ」
「リアム」
「じゃあリアム。俺はロイだ」
「また200ドル募金に来た?」
にやっと不敵な笑みを浮かべるリアムにつられてロイも笑った。
「いいや。今回は返してもらいに来た」
カインの肩をポンと叩く。少年は訝しみながら二人を観察していた。
「おい、本当にやるのか? この子の前で?」
「財布出せ」
気乗りしないらしい態度に、ロイははあっと右手を差し出す。
カインは怪訝そうに尻ポケットから財布を取り出す。それをひったくるように取り上げると、ロイは前置きなしに彼の財布から100ドル札を取り出して自販機へ飲ませた。
「何するんだ!」
「口実だよ。もしこの100ドル札が返ってこなければ、お前の行動は正当だろ?」
「また屁理屈を……」
だが何度ボタンを押しても頑として反応しない機械に、彼も意見を変えたようだった。「下ってろ」と呟いた声は、数分前とは別人の怒気を纏っていた。思い通り動かせたロイはご満悦で数歩下がる。
次の瞬間、バチっと彼の指先から青白い電気が閃いた。三秒もしないうちにみるみる札やらコインやらが吐き出され、ロイは満足げに頷いた。
「やっぱりお前を連れてきて正解だったよ」
「これ絶対業者が募金活動のために悪用してるだろ」
「そもそもこんなところに設置するのも、それを利用する奴もイカれてるってことだろ」
ついでに出てきたオレンジジュースを開けながら、カインはまだ不服そうだ。ロイとしては当初の200ドル以上が手元に戻ってきて上々。
「すごい。あんたら能力者?」
遠巻きに見ていたリアムは半身を乗り出していた。
超能力――いわゆるスプーン曲げや予知夢。そのような人間の人智を超える現象が当たり前になったのは今から三十年ほど前になる。当然と言っても、現在、超能力を持つ人間は人口の約三割のみだ。
「グランピーは電気を操れるんだぞ」
ロイが相棒を指さすとリアムは別のところに引っかかって首を傾げた。
「グランピー?」
「カインだ。こいつが勝手に呼んでるだけだ、気にするな」
「へえ。便利だね」
「確かに便利なこともあるが、そんなにいいもんでもないぞ。まだ日常生活では制限されるしな」
「ところで学校はどうした、リアム?」
尋ねると、彼はあからさまに警戒の目でロイを見上げる。
「何、突然」
「見たとこ、中学生かそこらだろ。先週は学校終わりかも知れねえが今日は平日の昼間だ。職業柄、そういうやつを放っておくわけにもいかなくてな」
「……教師?」
「いや、警察官」
ちらっとTシャツの裾を上げてバッヂを見せる。金のエンブレムが光り、リアムはごくっと息を呑んだ。
「マジで? 警察があんなことしていいの」
「だから先に大義名分を立てただろうが。立派な正当防衛だ」
「うわ姑息」
二十歳以上も年下の子どもからずばっと言い切られ悪態をつくロイに、カインはくっと笑う。ロイは首を振ってくしゃくしゃになった札束を取り出す。
「ほら、これで黙っててくれるか?」
「不正な金じゃん」
「君まだ小学生なのか? ランズベリースクールって名門校だな」
ロイから紙束を受け取っていた少年は突如として自分の背後にいたカインに驚いて飛び上がる。そして彼の後ろで学生証を振る姿を見て呟いた。
「っ! いつの間に……」
学生証を奪い返しながら、リアムは不貞腐れたようにぼやく。
「ケーサツってのはこんなに柄が悪いわけ?」
「それは違うな。ESPIだからだ」
「いや、それはお前だけだろ。間違った情報を伝えるな」
「いやこの場合、てめえも同類だぞ」
「ESPI?」
立派な大人の低俗な言い合いを少年の疑問符が遮る。二人は同時に彼をみやった。少年はきょとんとしていた。
「おいおいマジかよ! この時代に俺らのこと知らない奴がいるのか?」
「まあ身近じゃないって言うのはいいことだよ」
『
相手が能力者になるため、現場に出る捜査官はそのほとんどは何かしらの能力を持っている。
「へえそんな部署があったんだ」
真剣にカインの話を聞いたリアムは少年らしく爛々と目を輝かせていた。
「いいね。ヒーロー集団みたいだ」
「その実、やってることはチンピラと変わらないってな」
「だからそれはお前だけだって」
「俺たち、な。自分だけまともだと思ってんじゃねえぞ」
「俺にも力があればな」
リアムの声が沈む。先程まで輝かせていた瞳は輝きを失い、虚ろにどこか遠くを眺めていた。ロイは咳払いする。
「ま、学校だけがすべてじゃないからな。無理にいく必要はないんじゃないか」
リアムは顔をあげた。
「大人がそんなこといったらまずいんじゃないの?」
「かもな。だが俺が品行方正な大人じゃないってのはすでにバレちまってるしなあ」
ロイのリアムは我慢できないように笑いをこぼした。その反応に満足したようにロイも笑みを浮かべて、一枚の紙切れを差し出した。
「俺の連絡先だ。何かあったら連絡してこい。何もなくてもな」
ひらりと手を振って、二人は路地裏を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます