第3話 秘めた力

プランニングルームに戻ってきた。

白と黒を基調としたシックな空間の中心には大きなモニターがあり、

それを囲うように二台のテーブルと三つのイスが並べられている。

ここでは私たち『パッチワークC班』のミッションを行うための計画を立てたり、任務遂行のための事前準備を行う。

この班のメンバーは四人。

班のリーダーで、ゲーム内部の重要なシステム担当のセッド・デンス。

制作段階では組み込まれていない環境音の追加やゲーム音の維持など、聴覚に関係することを担当するヴィア・スーチェ。

プログラム上ではただのデータであった食べ物を実際に食べられるようにしたり、環境にあった匂いを追加するなど、触覚や嗅覚、味覚に関わることを担当するナージュ・ミルフィ。

人間界から私たちのバーチャル世界に持ってくる時に破損し、遠隔操作では修理不可能なスプライトの補修など視覚に関することを担当するのが私……エリス・レクターだ。

三人とも私の先輩でミッションのサポートをしてくれる、とても頼もしい存在だ。

それと同時に優しく、今では何でも話せる間柄になった。

そんな憧れの、リーダーとヴィアはどこにいるのだろう。

不思議に思って隣にいるナージュの方を見たところ、彼女も「あれ?」と首を傾げていた。

「エリスの所に行こうとした時には、ここにいたんだけどなー。

本部にでも行っちゃったのかな」

「やっぱり、さっきのゲームに何かトラブルが発生したとか?

私が画面に触れた時にもしかしたらバグが……」

話を聞いていたナージュは突然、私の後ろに視線を移した。

「あっ、エリスが戻ってる!さっきは大丈夫だった?」

私の真後ろから突然声をかけられた。

驚いて後ろを振り返ると、無垢な瞳でじっと見つめられた。

「ちょっと、ヴィア!近い、近いって!」

びっくりして思わず後退ってしまった。

「おっと、ごめんごめん。でも俺、本当に心配していたんだ。

ゲーム本体に何か起こっただけならいいけど……もしエリス自身が『リライト』されたらって」

そう言って、ヴィアはより真面目な顔つきになって私を見た。

今回は幸いにも私自身に変化はなかった。

けれども、『もしものこと』は起こりえると改めて痛感させられた。

「でもエリス、画面に触れた時に強い衝撃があったって言ったよね?

それはリライトと関係ないって割り切って大丈夫なのかな」

ナージュは事の発端であるモニターを警戒するように眺めている。

そう言われて私は伸ばした両手にゆっくりと視線を落とす。

ちょうどその時、ギィという音を立てて部屋の扉が開いた。

「エリス、戻ってきたんだな。無事で何よりだよ」

ゆっくりとこちらに向かいながらセッドは言う。ほっとしたのか、ため息をついた。

「リーダー!本部に行っていたの?」

「解析班から、何か説明はあった?」

ナージュとヴィアはセッドの元へ駆け寄っていった。

セッドは頷き、二人へとゆっくり視線をずらして言った。

「メンバーが全員が揃った所だし、分かったことについて説明しようと思う」

三人を椅子に座らせ、セッドはモニターの前に立った。

「我が社、ユークロニアのパッチワーク班に所属している者は常にリライトの危険と隣り合わせだということは承知の通りだ。

人間界のゲームをバーチャルの世界に転送して、組み直す時に遠隔からでは修復不可能なバグが発生してしまう。

それは元々こちらの世界に存在していないバグなので危険度がとても高い。

現地に赴いて修復にあたる我々は、一歩間違えればバグに蝕まれリライトされ……最悪の場合には消えてしまう可能性がある。

ここまでは理解しているな?」

セッドは神妙な面持ちで私たちを見つめる。

「もちろん。だからこそパッチワーク班に所属できるのは、

四年以上の学びと実技訓練を積んでコレクターの免許を取得した者だけ。

危険な仕事であることは重々承知。

だけどそれ以上に俺たちは共通の夢を持っているからここにいる、そうでしょ?」

ヴィアは誇らしげに、コレクターの証である『バブルミラー』をそっと握った。

クリムゾンの色をしたバブルミラーは、明るく情熱的な彼によく合っている。

「そうだね。私たちバーチャラーは人間界のゲームに入り込んで遊べるように、

人間の皆には私たちのゲームを遊んでもらえるように!

ゲームで二つの世界を繋げたい!って思ったからコレクターになったんだよ」

ナージュもシーグリーン色のバブルミラーを取り出して嬉しそうにほほ笑んだ。

「私も同じ。夢を叶えるために、時間の許す限りコレクターでいたい!」

ゴーストホワイトの私のバブルミラーがいつもより一層輝いているように見えた。

そんな私たちの様子を見たセッドは、眉を下げて笑った。

「この機会に三人の意志を改めて確認できてよかった。

緊急時にはリーダーとして命に代えてでも君たちを守る覚悟だよ。

けれども、いかなる時も危険と隣り合わせだということを忘れないで」

「はい、リーダー!」

私たちは声を揃えて言った。

「……さて。では次に本部から得た情報について話そうか。

まず君たちが一番気になっていること、エリスに起きた現象について。

あれは、『共鳴投影』と言われている現象だ」

「共鳴投影……?」

聞いたことのない言葉だった。学生時代に習った記憶もない。

ヴィアは考え込むようにしていたが、突然はっとした。

「俺、知っているかも。学生時代に学校で厳重に管理されている歴史書を読む機会があったんだけど……そこに書いてあった気がする」

「えぇ?私の記憶だと、歴史の授業では聞いていないと思うんだけど?」

「ナージュの言うとおり、共鳴投影については授業で習わないことが一般的だ。

何せそれは、特殊能力といった部類だからな。

この世界が創造されておよそ千年だが……共鳴投影を起こした人物は過去に百人ほどしかいないとされている」

私が特殊能力を持っている?にわかには信じがたかった。

「そんな力をなぜ私が、それも今になって。どういうことなの?」

私は助けを求めるようにセッドを見た。

「その能力自体は生まれつきのもの。

ただ発現するにはトリガーが必要とされている。

今回ミッションにあたろうとしていたゲームが、何らかの要因でトリガーとなった。

リライトとは関係がないため、過度に不安に思う必要はない……というのが解析班の見解だ」

心配するものじゃないとしても、これから私はこの力と上手く付き合っていかなければならないのか。

「でも私、この力を対処する自信がないよ。どうすれば……」

ヴィアとナージュも心配そうに私を見つめている。

「それについては、本部が国家機関と連携を取っている。

数日以内に専門の検査とケアを受けられるように調整中のようだ。

後で連絡が来るから確認してくれ」

「分かりました、色々とありがとうございます、リーダー」

私はほっとしてセッドに頭を下げた。

「じゃあ、エリスは本部から許可がおりるまで療養期間だよね?

君の仕事は俺たちがしっかり引き継ぐから安心して」

ヴィアは「心配ご無用!」というようにウィンクして見せた。

「とにかく対応してもらえそうでよかったね、エリス。

私も突然あんなこと言われたら混乱しちゃう!

エリスが戻ってくるまで、いつも以上に頑張るから任せて」

ナージュも胸に手をあてて自信満々な様子だ。

「ナージュ、ヴィア……ありがとうございます。

戻ってきたら、この借りは必ず返すよ」

二人にゆっくりと視線を向けた。

「借りだなんて大袈裟だよ、困った時はお互い様でしょ?」

「そうだね、私たちはチームなんだから。このくらいとーぜん!」

私たちのやり取りを見ていたセッドは、ふっと笑った。

「ほら、二人もこう言っていることだし、仕事のことは気にしすぎないで。

今は自分のことだけ考えて入ればいいよ」

こんなに優しい言葉をかけてもらって、私は何と返せばよいのだろう。

悩んだ末に「じゃあ……」

そうさせてもらうね、と言いかけたその時だった。

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