第6話 自分の姿
学園の広場には、クラウディア専用の馬車がいつものように待っていた。先程の戦闘が嘘のようにいつもと変わらない。クラウディアは自分の姿を消していた魔法を解いて近づいた。
「急いでるの。早く扉を開けなさい」
「どこのご令嬢でしょうか? 馬車をお間違えのようですよ」
王家の御者が困った様子で近づいてくる。
「変な冗談は止めてくれないかしら? わたくしは、急いでいるのよ」
クラウディアは御者を睨むが、いつもなら怯える御者がニコニコとしている。それより、困惑するのは御者の視線がいつもより高いことだ。
「お兄様かお姉様のお迎えですか? 私で良ければ一緒にお探ししますよ」
「えっ……」
御者にしゃがんで視線を合わされて、改めていろいろなことに疑問が湧いてくる。大きすぎる靴、裾を引き釣りそうな制服……
クラウディアは自分に何が起きたか想像がついて、顔から血の気が一気に引いた。
「どうされました?」
クラウディアが恐る恐る馬車の窓を覗き込むと、そこには小さな女の子が映っていた。正確に言うと子供の頃のクラウディアだ。
「どういうこと……」
「迷子でしょうか?」
「ご家族が探しているでしょうから、学園長のところにお連れしたほうが良いかもしれませんね」
護衛騎士も二人の様子に気がついて駆け寄ってくる。クラウディアは反応する余裕がなかった。
あの嫌な光のせいで身体が縮んでしまった事は間違いないだろう。ただ、身体が縮む魔法なんて聞いたことがない。
クラウディアは王女として教育を受けている。魔法、魔道具、呪い……いろんな知識を引っ張り出したが、該当しそうなものは見つからない。あまり頭の出来は良くないが、たぶん忘れているわけではないと思う。
「どうしましょう」
クラウディアが振り返ると、御者と護衛騎士が心配そうにこちらを見ていた。こんな状態で自分がクラウディアだと伝えて信じてもらえるだろうか。リタがいれば違ったかもしれないが、クラウディアらしさを知る者など誰もいない。
それより何より、先程の二人が家族だと名乗り出たとしたら……ゾクッと背中に悪寒が走る。
クラウディアは焦って再び走り出した。
「走ると危ないですよ!」
御者が声をかけてきたが止まるわけにはいかない。
学園を出たところで少し冷静になって、自分の姿を闇魔法で再び消した。
クラウディアはそのままの姿で街を彷徨った。王宮に帰れないとなると頼れる場所なんて思いつかない。魔力も徐々に底が見えてきている。なんとかしなければ……焦りだけが募った。
「今日の歌劇は良かったわね」
「主演女優の美しいこと」
ご婦人たちの声が聞こえてクラウディアは顔をあげる。目の前には王都のシンボルとも言うべき劇場が建っていた。日が暮れて時間が経っているのに、劇場は眩しいくらいに輝いている。魔道具を贅沢に使っているのだろう。
暗い学園を思い出したくなくて、無意識に明るい方向を目指していたのかもしれない。偶然にもアルフレートとの思い出の地でもある。
『元気になったら、必ずエスコートしてお連れしますよ』
幼く痩せたアルフレートのぎこちない笑顔が脳裏に浮かぶ。
子供の頃、病気がちでベッドから出られなかったアルフレートと、王都の地図を広げて二人でよく遊んでいた。元気になったら観劇に行こう。お忍びでカフェに行くのも良いかもしれない。そんな夢を話すだけの時間がとっても楽しかった。その頃のアルフレートの一番の願いは……
クラウディアはそこでハッとする。アルフレートが特に話題に出していた場所がある。そこに住む人たちから届いた手紙を見せてくれていたではないか。
『励ましの手紙をくれるんだ。いつか、直接会いに行きたいな。クラウディア殿下も一緒に行きませんか?』
『仕方ないから付き合ってあげるわ』
クラウディアが一緒に行くことはなかったけれど、アルフレートの願いは叶ったのだろうか?
クラウディアは子供の頃の記憶を頼りに街を歩く。何度も何度も見ていた地図だ。家庭教師に褒められることの少ないクラウディアでも鮮明に覚えている。
「ここで合っているかしら?」
タライロン公爵家が支援する孤児院は、王都の端にちゃんと存在していた。想像より小さくてボロボロな建物だったが、今のクラウディアには何よりもどこよりも素晴らしい場所に思えた。
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