第4話 婚約者

 クラウディアが廊下を歩いていると、誰かがドンとぶつかってきた。唯一使える闇魔法で無意識に防御しなければ、吹き飛ばされていただろう。代わりに吹き飛んでいった相手は確認するまでもない。クラウディアの第二の天敵である聖女カタリーナ・ピンタードだ。もちろん、一人目はユリアである。


「キャー! クラウディア殿下、何をなさるの!!」


 カタリーナの叫び声が昼休みの廊下に響き渡る。誰もいなかった廊下に、生徒たちが何事かと集まってきた。ぶつかった瞬間の目撃者がいないのは偶然ではないだろう。


「『何をなさるの』って、あなたがぶつかって来たんじゃない。いい加減になさいよ」


 クラウディアは日々繰り返される嫌がらせにうんざりしながら言った。


 異世界からやってきたというカタリーナは、側妃の実家であるピンタード候爵家の養女として突然ドラード王国の社交界に現れた。光魔法の稀有な才能を発揮し、フロレンツが留学する少し前に病に倒れた国王を治療したことで我が国唯一の聖女と認められたのだ。


 カタリーナのそばにいつもいる人物の事を考えれば、恨みを抱くのはクラウディアの方だと思う。噂をすれば……


「どうされました?」


 聖女と王女の揉め事を遠巻きにしていた生徒たちの背後から、特徴的な美しい銀髪の青年が顔を出す。


「アルフレート……」


 クラウディアの婚約者であるアルフレート・タライロンは、銀色の髪と空色の瞳で無意識に周囲を魅了しながらやってきた。手には売店の袋を持っているので、聖女の命令で使いに出ていたのだろう。公爵の地位にあるのに情けない。


「お怪我はありませんか?」


 アルフレートが優しい笑顔でカタリーナを助け起こす。クラウディアはズキリと痛む胸を無視して、その様子を眺めていた。


 アルフレートはカタリーナに怪我がないことを確かめると、クラウディアの方に振り返る。クラウディアを映す空色の瞳は冷たく細められていた。


「クラウディア殿下、何があったかご説明頂いてもよろしいですか?」


「わたくしは何もしてないわ」


 クラウディアは仁王立ちになって返事をする。味方になって貰えそうになくて悲しいが、その事を悟られたくはない。


「申し訳ありません。私がクラウディア殿下を避けらなかったのが悪いのです。殿下がどのような歩き方をしていたとしても、私が避けるべきでした」


 カタリーナが泣きながらアルフレートに縋り付く。アルフレートはカタリーナを見つめると、慰めるようにハンカチを差し出した。


「ちょっと、離れなさいよ! なんてふしだらなの? あなたみたいな人が聖女だなんて信じられないわ!」


「クラウディア殿下、少し黙っていて下さい。聖女様、私の婚約者が大きな声を出して申し訳ありません」


 アルフレートがクラウディアをジロリと見てから、縋り付くカタリーナに謝罪する。


「なんであなたが謝るの! わたくしは何もしていないって言ってるじゃない!」


「クラウ……」


 アルフレートがクラウディアの方に足を向けたが、カタリーナが止めるように彼に寄りかかる。


「私は気にしていません。それより、少し足を痛めたみたいなんです。肩を貸して下さいますか?」


「聖女様、大丈夫ですか? すぐに医務室に向かいましょう」


 アルフレートはそう言って、カタリーナを支えるように手を貸した。このまま、クラウディアを無視して医務室に向かうようだ。


「ちょっと、待ちなさい。わたくしの話は終わっていないわよ」


 このままではクラウディアがすべて悪いことになる。周囲はどうでも良いが、アルフレートに誤解されるのは容認できない。


「殿下、後できちんと話しましょう。このままにはしておけない」


 アルフレートは硬い表情で言って、カタリーナとともに去っていく。クラウディアはその言葉にショックを受けて、言い返せなかった。


『このままにはしておけない』


 クラウディアとアルフレートの婚約は破棄寸前だと噂になっている。それでもクラウディアはアルフレートを信じていたが、いよいよ覚悟が必要なのかもしれない。

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