第12話

三里ほど歩いたところに小さな集落がある。

名はあるのだろうが分からない。そもそも名を冠する程の人がいるのだろうか。


「ああ、よくぞいらっしゃいました」


集落の長であろう頭のはげた男が深々と礼をし、リゼはそれを返した。

人の良さそうな初老の男。この集落がどういう場所であったかを感じさせた。


俺はリゼの方を向いた。どういう顔をしているのだろうか。少なくともこいつはこの国で騎士の名をもったアイフェンシュタット家の一女。敗北の末に憐れみを恵む事に思うところはあるのではないか。


やはりというか、笑顔は引きつっていた。

取り繕おうとはするが、それを感情が邪魔している。


「この集落にはもう若い夫婦もおりませんし、空き家が何個かある。それをお使いくださいな」

「重ね重ねすまない」

「なにをおっしゃいますか。騎士様」


リゼはまた深々と頭を垂れた。

情けないと思っているのか、悔しいと思っているのか。それを察することは出来ない。

しかし、それがバイセルンの騎士として恥じている事だけは確かであった。


「本日はゆっくりお休みください。元気になればイリスまで一日もあればいけましょう」

「本当に申し訳ない」

「構いませんよ。助け合うのはお互い様ではございませんか。騎士様」


消え入りそうなリゼの声を聞きながら男は肩を優しく叩いていた。


「少なくとも今回はよかった。イリスに行って捲土重来を期さないとな」

「……」


小屋に案内されている時、リゼは俺に言ってきた。まるでこの集落のためにも、と言わんばかりに。

俺は返事を返さなかった。


「どうしたウォール。そんなしかめっ面をして」

「いや」

「あちらでございます。空き家は二つございます故にお一人ずつご使用ください」

「ああ。長。助かる」


「いや、小屋は一つだけでいい」


リゼの言葉を俺は遮って答えた。

唐突の言葉に二人は驚いていた。


「それはそれは。しかし男女がひとつ屋根の下にいる、というのは」

「そういうのはどうでもいい。一つだけでいいと言っているんだ」

「ウォール!やめないか!」

「は、はあ。ではお好きな方にお泊まりください」


そういうと男は手前の小屋の方を指差した。

それに頭ひとつ下げる事もなく俺は小屋のなかに入っていき、リゼは謝罪をしながら俺を追ってきた。


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