第9話
何里ほど歩いたであろうか。
ヴィソー平原から見えるヴァロセル山脈が赤く染まっている。あの山々の顔色が変わった事に俺達は改めて時間の流れを感じた。
しかし、あと何回この光景をみられるだろうか。俺達の果てしない旅は続く。
俺達は夕飯の準備をしていた。
死んでいた兵士の兜を鍋がわりにしてスープを煮込む。あまり水は使いたくないがパン一切れではこの旅は危険だ。
水筒をまた一つ使い、そこに街で取ってきた野菜やらを突っ込んだままくつくつと煮込んでいた。
「ったく、竹には感謝しねえとな」
バイセルンの工芸品には竹が使われている。
ヴァロセル山脈に囲まれたバイセルンは高温多湿で、他の地域と比べて生える植物が独特であると聞く。
だから何かにつけて竹を使った日用品も多い。水筒もそうだし、こういった時の簡易的な容器になったり弁当箱になったり。
バイセルンの生活には欠かせない存在であった。
「ほら。リゼ殿」
竹を割った容器にスープを入れる。
正直なところ旨くはないだろう。味をなにも整えていないスープだ。
しかしそれでも食わなければならない。食わなければ死んでしまう理由が多すぎるからだ。
「ありがたい。いただく」
そう言いながら容器に口をつける。
その瞬間リゼは顔を歪ませた。これほど「食えたもんじゃない」と伝える顔はないだろう。
「確かに不味いかもしれんが」
「分かっている。言わなくていい」
リゼは世間知らずではあるが馬鹿ではなかった。
この食事がどういうものであるかよく知っている。不味かろうがなんだろうが食わねばならない。
しかし、その表情は重い。
20いくつの、まだ世間を知らない若者の顔をしている。
まあ、そうでなくとも味のついた食事をしていたのだから悪印象も強いだろう。
「そういう時は野菜を先に食うんですよ。まだ野菜の味は溶けちゃいないから」
「分かってはいるが」
「そいつが民の処世術ってやつですよ」
民、という言葉に反応したかそれを勢いよく飲み込んだ。
俺はリゼ=アイフェンシュタットという世間知らずな女騎士の事は嫌いになれなかった。
確かに貴族らしく世間の事は知らないし、どこか甘ったれたところがある。食事一つにしても味のなさを顔に出してしまう。
しかし、彼女自身はその事にきちんと気付いている。自分が世間知らずな甘ったれであることをきちんと理解し、その上で騎士道を成そうとしている。
そういうものを持たない″騎士様″は数多くいた。祖先から引き継ぐ鎧を、その分厚い脂肪が邪魔して着ることが出来ず、そのくせ趣向をこらした服をきて大声を上げて命令するやつは両手で掬えないほどいた。
しかし、彼女は最後まで騎士であろうとする。貴族として傲りもせず、女として弱々しくもない。
そしてやめとけというのに死体漁りにまで堕ちた国民を斬ることに躊躇いこそしないが、心を痛めている。
そんな騎士として持っていなければならないものが彼女にはあったのだ。
「アンタみたいな人ばかりが騎士だったらな」
「?」
俺の譫言を彼女は涙を溜めた瞳で聞いていた。
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