第5話

幸運な事か俺達は敵兵と出くわすことはなかった。

一方であの姿を見てからリゼは黙ったままだった。


俺は心底気に入らなかった。結局この女は世間知らずであることを嫌というほど思い知らされたからだ。

世間は騎士だのなんだのと持て囃したが、一時間もしない間にこの女が戦争の姿を何一つ知らない身分だけの女だった事を証明したに等しかった。

この女には知らないだろうがこの光景なんかどこでも見るものだ。なんならまだ快楽的な殺人現場や若い女をなぶる光景がないだけまだましだ。よほど訓練された兵士達なのだろう。


「兵士ってのはこんなのに慣れているのか?」


街から出ようとした時リゼはぼろっと溢した。


「これが戦争なのか?ウォール」

「さあ、ね。俺だって全ての戦争をみているわけじゃない」


その言葉を聞いたリゼはまた黙り込んだ。

頭のなかでこれよりもひどい姿を想像しているのだろうか。

そんな事をしている場合ではないというのに。


「ほら、騎士殿。早くしろ。敵が敗残兵狩りを始めたらどうなるか分からんぞ」

「あ、ああ。分かっている」


そうは言うがリゼの足取りは重い。


俺達傭兵上がりの兵士の装備というのは基本的に自前だ。

この「自前」という言葉が厄介で、自分で用意したらそれをどこで手に入れたとかを咎める事は基本的にしてはならない。

それが戦場で死んだ兵から剥いだり、隊列からはぐれて迷いこんだ兵から奪ったりしてもなにも言われないのだ。

言い換えたら武器や防具を自分の金で揃えるのは難しい現状を物語っている。武器や防具を金で整えられるのは一部正規兵か腕の立つ傭兵くらいなものなのだ。


だから戦いが終わった後の方が戦場は荒れる。兵士ではなくなった兵士と、多くの死体漁りが跋扈する地獄なのだ。

今でも俺は本当の地獄を指すなら戦場そのものよりも戦場の後、というだろう。

それに巻き込まれる可能性はあるのだ。


「ううっ…」

「泣いてる暇はないぞ騎士殿。敵に殺される可能性はなくなったがまだ安全圏には入ってない」

「分かっている…」


荷物をしっかり掴みながら場外に出た。

さあ、今からがもう一つの戦場だ。

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